「ひとりの本気が社会を変えるのだと伝えたい」――『バケモンの涙』著者新刊記念インタビュー 歌川たいじ

インタビュー

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バケモンの涙

『バケモンの涙』

著者
歌川, たいじ, 1966-
出版社
光文社
ISBN
9784334913519
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

「ひとりの本気が社会を変えるのだと伝えたい」

[文] 光文社


歌川たいじさん

自らの壮絶な生い立ちを綴ったコミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』は、
各方面から大絶賛され映画化でさらに話題となった。
一日10万アクセスを記録する伝説的ブロガーでもあり人気漫画家でもある著者が、
『やせる石鹸』『花まみれの淑女たち』に次ぐ三冊目となる小説『バケモンの涙』をこの度刊行した。
実話をベースにしたという、この作品への思いを語ってもらった。

私が書かねばと、使命感に衝き動かされて

――今作を書こうと思われたきっかけを教えてください。

歌川 毎週土曜日にTBSラジオで放送される「久米宏のラジオなんですけど」という番組が好きで、よく聴いているんです。有名無名を問わず、面白い経験をした人や興味深い仕事をしている人がゲストに迎えられるんですね。7年ほど前に、日本初のポン菓子製造機を作った人として、吉村利子さんが出演されたんです。戦時中、飢えのため命すら落としそうな子どもたちに食糧を提供したい思いから、19歳で大阪から北九州にひとりで飛び出して行ったと知って、体中に電流が走るみたいに感動しました。なぜ、日本人はこの話を知らないんだろうと思って、いろいろ調べてみたら、本もないし、地元のメディアで小さく報じられているだけだったんですね。それならば私が書かねばと、使命感みたいなものに衝(つ)き動かされていったんです。

――作品のモデルとなった吉村利子さんに会われたんですよね。
歌川 初めてお目にかかったときは、もう90歳を過ぎていらしたんですけど、まだ現役でポン菓子製造機の販売をしていらっしゃいました。とてもチャーミングな方で、伺ったことはなんでも話してくださいました。ご高齢だし、手短に取材しなきゃと思っていたんですけど、どんどん話してくださるものだから、結局、すごい長時間になってしまったんです(笑)。作業場に貼られた色紙には「ポン菓子こそ我が命」と書かれてあって、じんときてしまいました。

――ほかにはどのような取材をされましたか?
歌川 とにかく、太平洋戦争中の資料をかき集めたんですけど、銃後(じゆうご)の暮らしのこまかなことについては、ほとんど資料がなくて。とりわけ、トシ子さんの実家のある大阪府八尾(やお)市や、移り住んだ福岡県北九州市戸畑(とばた)区とエリアを絞ったものになると、ぜんぜん見つからない。電話やガスはどのくらい普及していたのか、お菓子は食べられたのか、お酒はどのくらい飲めたのか、本当にわからないことが多くて、戸畑郷土史会の戦時中に生きていらした方のご意見などもいただきつつ、とにかく資料読みに時間をかけました。

――この物語で何を伝えたいと思ったのでしょうか?
歌川 主人公のトシ子さんは、旧家の生まれですが、ひとりで勝手にできることなどなにもなく、戦時中の厳しい統制の時代を生きていました。けれども19歳の彼女が本気になったとき、あらゆる困難を乗り越えて思いを遂げ、社会に少なからぬ影響を与えていくことができたんです。「本気になった人間」を描き、人々の心の中に当たり前にある「なにも変えることなどできない」といった諦めと対抗するエレメントにしたいと思ったんです。

――ご執筆はスムースにすすみましたか?
歌川 私は霊媒師みたいに書くタイプなので(笑)、いつも、登場人物の魂みたいなものが一斉に体の中に降りてきて、そうなったら一気に書くんです。プロットとか、あまり作らないんですね。本作は特に強烈な人ばかり乗り移ってきたので(笑)、暴走する牛みたいな勢いでまずは書き上げました。あとから、戦時中という時代に照らしあわせて整合性があるかを吟味し、調整していったわけですけれど、そこにはえらく苦労しました。会社や大学の名称なども、現在とは違うものだったりしましたし。

――どんなことを意識してお書きになりましたか?
歌川 ご高齢の方から中学生まで、幅広い方に読んでいただきたいと強く思ったんです。親子三代で読んだりしていただきたいなと。なので、できるだけ読みやすく、それでいてどこかユーモラスというか、飽きさせないものにしていかねばならないと思いました。登場人物達の魂が私にテレパシーを送信してくれるので、それを本作の言葉に翻訳していく気持ちを持ち続けました。

――史実と創作との位置づけはいかがでしょうか?
歌川 大筋は史実に沿っているのですが、どうしてもドラマとして盛り上げていかねばならない宿命があります。また、わかりやすく伝えていかねばなりません。大勢いたであろう人達をひとつのキャラクターとしてまとめたり、徐々になりゆきで変化していった状況をひとつのエピソードで表現したり、そうした工夫は創作として随所に入ってはいます。

――大阪と北九州が舞台となっていますが、方言や描写などご苦労はありましたか?
歌川 いやぁ、大変でした。大阪弁と北九州弁と博多弁、それぞれネイティヴの方々にチェックしていただいたんですけど、原稿に付箋(ふせん)がびっしり貼られて返ってきましたよ(笑)。方言講座みたいな動画をネットで漁(あさ)っては何回も再生したし、ツイッターでわざと北九州弁でつぶやいて北九州の方に「そんな言い方せんよ」と指摘していただいたりして、叱られながら勉強しました。

――ある年代以上の方には懐かしいポン菓子がキーワードとなっていますが、今も販売されていますね。
歌川 はい、ひなあられや、チョコレートに入るライスパフなど、形を変えたものもたくさんありますね。また、吉村さんは南太平洋諸国の貧困者などにもポン菓子製造機を提供したりしていらっしゃいます。


吉村利子さんと著者

――戦時中を描くということで、どんなことを思われましたか?
歌川 戦後70年がすぎて、戦時中の記憶をお持ちの方も少なくなってきました。その一方で、中東などで戦争はいまでも地球のどこかで起こっています。歴史を鑑(かんが)みても、戦争は所詮、利権争いです。そこに、民間人を含めた多くの命が注ぎ込まれているんです。そんな奪い合いを是(ぜ)とする背景には、必ず貧困と格差があります。太平洋戦争に突入していった日本も、もちろんそうでした。日本はもう戦争に参加することはないと多くの人が考えていると思いますが、その背景となる貧困と格差は日本のあちこちに巣食っています。立ち向かうには大きな課題かもしれませんが、ひとりの「本気」というものが社会を変えるのだと訴えたい気持ちを抱きつつ書きました。

――過酷な時代を生きた主人公トシ子はどんな女の子だったのでしょうか?
歌川 トシ子さんは、経済的には苦労のない環境で育ちましたが、両親からの愛情に恵まれたとはいえない幼少期を過ごしました。ある意味、心のどこかに欠落感があります。けれども、その欠落感があったからこそ、子どもを救いたい、子どもを救うことによって自分も救われたいと強く希求したのではないでしょうか。欠落感は、言い換えれば「才能」だったのだと思います。

――強烈な印象のあるタイトルですがいわれを教えてください。
歌川 製造機でポン菓子ができるときに大きな音を出すことから、幼いトシ子に父親が製造機を指差して「あれはバケモンや」と言うんです。隣にいた母親がポン菓子をトシ子に食べさせながら「これ、バケモンさんの涙やで」と。そう、『バケモンの涙』とは、ずばり、ポン菓子のことなんです。同時に、トシ子さんの幼少期の数少ない幸せな記憶でもあります。また、巨大な怪物のような時代の中で、一粒の「慈悲」みたいなイメージも重ねて考えたタイトルです。

――事前にゲラを読んだ書店員さんからさまざまな反響をいただいていますが、朝ドラを観ているようだったとのご感想がありました。
歌川 朝ドラは意識しましたよ(笑)。というのも、やはり朝ドラは幅広い年齢層の方々が楽しく見ていらっしゃるので、同じように幅広く読んでいただける物語にしたかったんです。

――映像化してほしいとのご要望もありました。
歌川 はい、ぜひ(笑)。

――登場人物たちのイメージはありますか?
歌川 私は出逢った人をすぐ身内扱いしてしまうし、身内びいきが強いんですよね。なので、前に映画化された作品に出演してくださった俳優さんは、みんな「うちの子」なんです(笑)。あの子が演じたらこんなふうになるなぁとか、この役はあの子かなぁなんて、書きながら考えちゃうことは多々ありました(笑)。もし運良く映像化されることになったら、ぜひ、うちの子をよろしくお願いいたします。

――歌川さんにとって小説はどういう位置づけですか?
歌川 表現方法のひとつです。題材によって、手法として小説がいちばん適していると思えば小説として書きたいですし、講演で生身の声で表現したほうがいいと思えばそうしたいです。自分は小説だけを突き詰めていくタイプでは(そうした先生方を思い浮かべると肩身が狭いですけど)、ないです。

――歌川さんにとって小説と漫画の違いはどんなところでしょうか?
歌川 絵を描くのが好きで漫画を描いているわけではないという、身もフタもない本音もありますが(笑)。絵がキライといっても、いざ小説を書いていると、いかに、伝えるという仕事を絵に頼っていたのかを思い知らされることもあります。基本的には、漫画は読者さんの心理的なキャパシティからして、わかりやすいものを伝えるという感じになります。絵がとびきり上手なら違うのかもしれませんけど、自分の画力ですと、どうしてもそうなります。それに対して小説は、わかりづらいものをいかに伝えていくかという挑戦が可能な表現方法だと思っています。あくまでも一般論ではなく、「自分にとっては」ってことですけど。

――今後はどんな小説を書きたいですか? 興味のあるテーマはありますか?
歌川 本作を書いたことで、「事実をもとに書いていく」というスタイルが自分にぴったり合うみたいな、そんな手応えを感じたんです。さらに、これから「知られていない貴重な事実」が自分のもとに集まって来るような予感もあります。だって、求めているんですから、集まるでしょう。私は宿命として、なにを書いても自己否定から自己肯定への転換というテーマに着地しちゃうし、それ以外にあまり興味ないんです。なので、そんな私にぴったりな物語と、今後また出会っていけそうな気がしています。

――小説、ブログ、漫画、講演と、多岐(たき)にわたる歌川さんのお仕事は今後どこまで広がっていくのでしょうか?
歌川 本がいっぱい売れてお金持ちになったら、基金を作って、児童虐待サバイバーたちの心のケア事業をやりたいんです。痛みや孤立や生きづらさを抱え、幸せな社会生活を送れない人たちが大勢いることを経験から知っているので。彼らに対していま、国家予算はほぼゼロです。そのことが、虐待の連鎖をはじめ、さまざまな不幸な出来事につながっているんだと思うんですね。最初はちいさな活動でも、全国的なものにしていきたい。いまのところ、それが私の夢というか目標です。

――コロナ禍(か)によって、まるで戦時中のような未曽有の世の中となりましたが、どう感じていますか?
歌川 私は楽観主義者なので、この新型コロナウィルス禍をきっかけに、いい時代が来ると思っているんです。戦後、人々がとにかく目指していたものは「経済成長」で、企業はお客さまや従業員のためではなく、株主のために利益を上げていくようになりました。労働力は単なるコストと見なされ、働く喜びは軽視されて、格差は広がり、若者たちが夢を見られない時代が続いてきたと思います。これからはお金のためだけに経営する企業は廃(すた)れていって、「まごころ」が重要視される時代が、これをきっかけに訪れるんじゃないか……奪いあうのではなく、与えあうみたいな。期待だけで終わってもいい、期待すること自体に意味があると、そう考えています。

――エンタメの世界は今後どのようになりますかね?
歌川 エンタメの世界はっていうと主語がデカイのですが(笑)、「読書」ってことでいうと、いままで「国境の壁」って意外と高かったと思うんです。ネットでは各国の人々や海外在住の日本人などと気軽にやりとりできるのに、本はまだそこまでいってないと思うんですよね。外国語に翻訳してもらえるチャンスなど滅多にない、旧来の仕組みの中でやっているんだと思うんです。もっと活発に各国が「本の熱交流」ができるような、新しい仕組みを作れないかなぁと思ってるんです。コストがかかるっていうんなら、ネットみたいに各ページに広告が入ってもいいから(笑)。

――歌川さんの日々の暮らしを教えてください。
歌川 作品や講演原稿を書いているときは、ただもうひたすら書いていますけれど、あとはパートナーにごはんを作ったり、掃除機をかけたり、洗濯したり、そんな毎日ですよ。八百屋さんにね、顔は可愛いのにひどく無愛想な店員の男の子がいるんですけど、わざと「いつもありがとうねー、お世話さまー」と愛嬌を振りまいてたら、「ありがとうございました」と言ってくれるようになったんです。目下のところ、その子を立派な店員さんに育てるのに燃えてます。

――最後に読者にメッセージをお願いします。
歌川 いつも、温かい応援をありがとうございます。私はいつも自分の作品に対して、自信がなーい、自信がなーいとわめき、周囲の人に鬱陶(うつとう)しい顔をされてきました。けれど本作『バケモンの涙』に関してだけは「どうぞ、読んでください!」と胸を張っています。創作活動をはじめて10年、こんなことは初めてです。新型コロナ禍の中、読んでいただけるまでがちょっと大変かもしれませんけれど、読んでさえいただけましたら、もう大丈夫。「子どもたちを絶対に死なせない」と、たったひとりで立ち上がった、19歳のトシ子さんの心意気が読後の日々をぱりっと元気にしてくれることでしょう。手前味噌ながら、心からお勧めいたします。どうか、読んでください。

歌川たいじ(うたがわ・たいじ)
1966年東京都生まれ。1日10万アクセスを記録した「♂♂ゲイです、ほぼ夫婦です」のカリスマブロガー。『じりラブ』など多くの作品をもつ人気漫画家でもある。伝説的コミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』は映画化され話題となる。2015年『やせる石鹸』で小説デビューし、『花まみれの淑女たち』に続く本作が小説三作目となる。

光文社 小説宝石
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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