不寛容な世相に暖かさとユーモアで抵抗する小説

レビュー

30
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秋

『秋』

著者
アリ・スミス [著]/木原 善彦 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901646
発売日
2020/03/25
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

不寛容な世相に暖かさとユーモアで抵抗する小説

[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)

 時は2016年。101歳のダニエル・グルックは、養護老人ホームで夢を見ながら過去を振り返る。少女時代からダニエルと交流があり、いまは大学で美術を教える32歳のエリサベス・デマンドは、眠るダニエルの傍らで小説を読み聞かせる。

 二人の穏やかな時間と対照的に、外の世界ではイギリスのEU離脱(ブレグジット)をめぐって激しい対立が生じている。刊行当初、本書は「最初の優れたポスト・ブレグジット小説」と呼ばれたが、当時の政局への直接の批判は決して多くない。

 むしろ本書の特徴は、ブレグジットやトランプ大統領の誕生を境に露呈した不寛容な世界に対して、近視眼的に論評するのではなく、生活の実感と過去の記憶を喚起しつつ、読者の内省を促した点にある。

 例えば、エリサベスがパスポートを更新する際の不条理なまでに厳密なやり取りを通じて、国家の一員であることの根拠のなさが暗示される。また、エリサベスの母のウェンディーが、嘘をつく政府にも嘘に慣れた国民にもうんざりだと感情を露わにする場面から、現代社会の閉塞感が浮き彫りにされる。

 こうした不安や怒りと重なるように、現在の移民差別、第二次大戦中のユダヤ人迫害(ダニエルは最愛の妹をおそらくホロコーストで亡くしている)、戦後の女性差別(不当に扱われた実在の女性芸術家、ポーリーン・ボティの話など)をめぐる逸話が巧みにコラージュされている。

 こう書くと重苦しい作品のように思うかもしれないが、実は本書には秋の午後のような暖かさと、軽やかなユーモアが溢れている。エリサベスとダニエルの交情や、二人とボティの芸術との出会いが表現する共感の喜び、そして差別や無理解に抵抗する人々の朗らかな笑いが、独特の雰囲気を醸し出している。

 最後に、この雰囲気を損なうことなく、自然な日本語に移した訳文の見事さも特筆すべきである。

新潮社 週刊新潮
2020年6月25日早苗月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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