『おおきな森』
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膨らんでゆく壮大な物語
[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)
『アラビアの夜の種族』や『聖家族』など厚いメガノベルを刊行してきた古川日出男(ふるかわひでお)が、それらを上回り八百九十八頁にも及ぶギガノベルを発表した。「木」が三つの「森」の下にさらに木を三つ足した古川作の漢字が書名だ。読みかたは『おおきな森』。
この小説は、主に三つの部分からなる。「第二の森」では、ラテンアメリカ作家をもじって命名された丸消須(まるけす)ガルシャ、振男(ふりお)・猿(さる)=コルタ、防留減須(ぼるへす)ホルヘーの三人が、列車内でなぜか溺(おぼ)れたらしい死体に遭遇する。「第一の森」では文士で探偵の坂口安吾が失踪したコールガールを捜すとともに、小林秀雄や宮沢賢治など同時代の文学者を語る。また、「消滅する海」では、作者本人を思わせる「私」が話者となるのだ。謎が提示されミステリ的に始まった小説は、幻想的な要素を含みながらSF的に展開していく。
三つの部分は、いずれも作家が主人公になっている。それだけではない。東北出身の点で宮沢賢治と石原莞爾(いしわらかんじ)が対比される。東北は日本の地方を指す一方で中国の地方の呼称でもあると指摘され、宮沢による幻の国家イーハトーブと石原が構想した傀儡(かいらい)国家・満州国に言及される。さらに、日本の東北からの移民先として南米が登場するのだ。様々な要素が共通性や連想で直接的に、あるいは暗示的に結びつけられ、物語はどんどん膨らんでいく。
切支丹弾圧、豊臣秀吉の朝鮮出兵、日本陸軍の七三一部隊、原爆など、多くの死者を出した歴史上の出来事にたびたび触れられるが、話が重苦しく停滞することはない。トリッキーな文字組みを時おり挟みつつ、広大な森のなかを勢いよく言葉は進む。時空を超えるという体感を与えてくれる一冊だ。