日本でもっとも著名な「イスパニスタ」が博覧強記をもって音楽から自然までを語る

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約束の地、アンダルシア

『約束の地、アンダルシア』

著者
濱田 滋郎 [著]/高瀬 友孝 [写真]
出版社
アルテスパブリッシング
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784865592214
発売日
2020/04/15
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

日本でもっとも著名な「イスパニスタ」が博覧強記をもって音楽から自然までを語る

[レビュアー] 上原善広(ノンフィクション作家)

 日本でもっとも著名な「イスパニスタ」(スペイン狂)、濱田滋郎氏の新刊である。

 本書にはアンダルシア地方に関係する音楽をはじめ絵画、詩、舞踊、建築から果ては植生まで広く網羅されている。博覧強記で知られる著者だから、それでもかなり筆を抑制されたようだ。

 文体は優しく語りかけるようで、それでいて詩的である。

 例えば宮殿で有名なアルハンブラは、スペイン通ならばhを抜いて「アランブラ」と発音する。しかし氏はアルハンブラという響きも捨てがたいとし、その理由に「hの音が入るところにモーロ人(古代人)の嘆息が聞こえる」からと書く。

 濱田評論の魅力は、そんな寛容さにある。根底に学歴や学閥などに囚われない自由奔放な一面をもつからだろう。また詩的な筆致は、氏が『泣いた赤鬼』で知られる児童文学者・濱田廣介の次男であることを思い起こさせる。

 本書を読んでいて、腑に落ちた点がある。

 アンダルシア地方で生まれたフラメンコが、なぜ日本をはじめ世界中に広まったかについて、氏はこう結論づけている。

「古来より多くの人種、民族が交差したアンダルシアは、フラメンコにとって“約束の地”であった(一部略)」

 フラメンコはもとより、アンダルシア地方の魅力も、まさにそこにあるというのだ。

 実はアンダルシアには、古代からタルテッソス人、イベロ族、ケルト族、フェニキア人ほか中近東からの古代諸族、ギリシャ人、ローマ人、北方からの諸族、アラビアおよび北アフリカからのモーロ人など、多種多様な民が住み着いた。もっとも新しく、といってもここ五〇〇年ほどでアンダルシアに定着した民がジプシー(ロマ)だ。それまでの民と同様にアンダルシアはジプシーを受け入れ、他の地域より迫害などは少なかったようだ。

 つまり外国人から「ローカル」と見られがちなアンダルシアだが、それは誤解で、実はアンダルシア人こそ古代からのコスモポリタンであった。その証拠に、フラメンコにはジプシーだけでなく、多種多様な民の要素がすべて融け込んでいる。

 だからこそ極東の日本に暮らす著者本人もフラメンコ、ひいてはアンダルシアに惹きつけられたのだという。

 イスパニスタである以前に、日本のアンダルシア人(コスモポリタン)である著者八五歳の一つの答えだった。「日本のジプシー」を自称する私は、そこにささやかな感動を覚えた。

新潮社 週刊新潮
2020年7月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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