三つのパートで成立する893ページのギガノベル

レビュー

8
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おおきな森

『おおきな森』

著者
古川 日出男 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065187395
発売日
2020/04/23
価格
4,400円(税込)

書籍情報:openBD

三つのパートで成立する893ページのギガノベル

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

『銀河鉄道の夜』を彷彿とさせる列車に乗り合わせた、丸消須(まるけす)ガルシャと防留減須(ぼるへす)ホルヘー、振男(ふりお)・猿(さる)=コルタ。コールガール失踪事件を調査するため、東北からの出稼ぎ者たちの集住地へ潜入する探偵の坂口安吾。現代の日本で「消滅する海」という手記を書いている小説家の〈私〉。全893ページにもなる古川日出男の『おおきな森』は、この三つのパートによって成立しているギガノベルだ。

 海が森に食われた世界にあって、車両に突如出現した海水の柱の中で溺死する人々という奇っ怪な事件に遭遇したのを皮切りに、たどり着いた巨大なピラミッド都市〈化石の郷〉で、反国家運動とそれを監視する秘密警察の抗争に巻き込まれ、自分の妹が抵抗運動のヒロインであることを知った丸消須たちが生きている〈第二の森〉。リーダーの〈親爺さん〉率いる出稼ぎ者とコールガールで構成された移民団と共に、〈第三満州〉と呼ばれる大きな森を目指すことになる坂口安吾らが生きている〈第一の森〉。この二つの森が、やがて交わり、〈第三の森〉が出現する。

 七三一部隊で人体実験に関わった伯父、イーハトーブと満洲という理想国家を夢想した宮沢賢治と石原莞爾、切支丹(キリシタン)の殉難・殉教小説『イノチガケ』を書いた坂口安吾、円環の書『石蹴り遊び』を書いたコルタサルなどにまつわる想念を手記に綴る〈私〉もまた、そのうねりの中に飛び込んでいくのだ。

 日本の東北/中国の東北、満州/満洲、北半球/南半球、海/森、今/いつか。さまざまな境界が接し、交わりもすれば反発もする時空的に壮大な物語の中に、作者が愛するラテンアメリカなどの文学作品がリミックスされて響き渡る。歴史の闇で声を奪われ、馬鹿者どもによってなかったことにされかけている、戦争や災害や迫害によって失われた命が、古川日出男の力強い言葉によって蘇る。2020年、この重要な大作を読まないという選択肢は、ない。

新潮社 週刊新潮
2020年7月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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