『邦人奪還』
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[文] 新潮社
「損耗(そんもう)」という考え方を知る
伊藤 「ドキュメント・ノベル」と打ち出しているように、自分が経験したことを文字にしているだけというか、書くのはそれほど大変ではありませんでした。今回私ごときが小説を書いたのは、自分の経験は書いてしまいもう作り話しかないから。そこまでして伝えたいと思った一番のテーマは、隊員の感情、気持ちです。
これはなかなか伝わりません。そのために丁寧に書いたのが、「損耗」という、軍事オペレーションでは大事な考え方についてです。3人を救うのに6人が死んだら意味がない、と捉える方が多いのですが、自衛隊特殊部隊の任務遂行は、人命救助とは違います。例えば、拉致被害者の方を救いに行くのであれば、お気の毒だから行くのではない。もちろんその感情は個人的にはあるとしても、拉致問題をこのまま放置せず、被害者を取り返すのだという国家の意思が前提にあるからこそ、行く。危険だとしても、それを遂行するために日々鍛錬している立場ですから、国家との意思のやりとりを経て、自衛官の本質、核がそこに生まれます。仕事をすることの本質ですよね。
石破 損耗の考え方は、普通にはわかりにくいですよね。
伊藤 そうなんです。例えば、災害派遣の救助なら、5名を救うためにヘリを出して10名に危険が及ぶ二次災害の可能性がある場合、ヘリは出さないという選択はあり得ます。人命救助が目的ですから。それと混同している方が多い。
日本ではなかなか理解してもらえないのですが、必要なら、損耗率(隊員の死亡率)が何割になろうと、優先すべきは任務の完遂であって、我々の生き残りではありません。命を軽く見ているわけでは決してなく、軍事的な方法論なんです。
石破 戦闘になったら必ず死傷者が出る、そのダメージに対して医官や衛生科隊員を何人乗船させるかを考えること、と言うとわかりやすいかもしれない。
伊藤 アメリカ海軍はまさにそれです。軍医が乗っているのは空母と、あとは敵前上陸専門の強襲揚陸(きょうしゅうようりく)艦です。戦闘の最前線ですから死傷者を多く想定しているわけです。今回のコロナ禍で、ダイヤモンド・プリンセス号や空港で自衛隊が活躍できたのも、この機能主義的な考え方があったからこそだと思います。
毎日の訓練のしんどさ、仲間と過ごした時間を思ったら、それを失うことがどれだけ辛いか。でも、「それを消滅させてでも達成する」のが「任務完遂」で、特別警備隊のような特殊部隊はそのために創設されました。それを目標に日々準備をして、いつでも動くつもりでいるんです。そういう奴らがいることは、知っておいてほしいと思っています。大体が、志願して訓練にも耐えてきたのはそんなのばっかりです。もちろん、誰でもができることでも、やりたいことでもないので、そういう資質のある奴らこそ、任務に当たるべきだと私は思っています。



























