パトリックと本を読む ミシェル・クオ著 白水社

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

パトリックと本を読む

『パトリックと本を読む』

著者
ミシェル・クオ [著]/神田 由布子 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784560097311
発売日
2020/05/09
価格
2,860円(税込)

書籍情報:openBD

パトリックと本を読む ミシェル・クオ著 白水社

[レビュアー] 木内昇(作家)

 学校へ行って本を読んだところで、誰が自分たち黒人の声に耳を傾けてくれるの――。

 ミシシッピ河畔のヘレナ。最貧地区とされるこの町に、問題児を集めたスターズという学校があった。十代半ばの生徒たちは、自分自身を育むことをすでに放棄しているかに見える。ハーバード大在学中、教育NPOに所属した著者のミシェルは、教師として彼らと出会う。

 自身も台湾系移民の娘で差別を受けてきた彼女は、ドロップアウトしようがドラッグに手を染めようが「悪魔に取り憑(つ)かれた」のひと言で切り捨てられる生徒たちを気にかける。キング牧師やマルコムXの演説を教え、「アイ・アム」ではじまる詩を書かせる。彼らは徐々に自分の言葉で語り出す。とりわけ目覚ましい成長を見せたのが、おとなしい少年パトリックだった。

 だが、弁護士になるためヘレナを去った彼女のもとに届いたのは、パトリックが人を刺したという思いもよらない報(しら)せだった。ミシェルは就職を延期して町に戻り、拘置所の彼に再び読むこと書くことを教える。奴隷制度と戦ったフレデリック・ダグラスの自叙伝、ジェイムズ・ボールドウィンの評論、時には俳句まで。

 これは、一人の青年が読書によって自らの背景を学び、自分が何者であるかを掴(つか)むまでの記録である。並行して、奴隷解放から近年の黒人と白人の学校隔離問題に至る、根深い人種差別の歴史も描かれる。読書とは、他者の理念をただ受容するのではなく、それをもとに考え、自分なりの言葉や思想を生み出す行いなのだろう。「物語の不在はそれ自体が暴力」と著者は書く。生きる過程で編まれた自分だけの物語は、個々の本質を見ずに人種や環境だけで差別をする他者を、ひらりと越える強靱(きょうじん)な翼になる。

 指で字をなぞりつつ懸命に読むパトリック。幾度裏切られても「顔を上げて」と彼を励ますミシェル。二人が本を挟んで向き合う姿を思い、涙が止まらなかった。神田由布子訳。

読売新聞
2020年6月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加