アナザー1964 パラリンピック序章 稲泉連著 小学館

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アナザー1964 パラリンピック序章

『アナザー1964 パラリンピック序章』

著者
稲泉 連 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093887403
発売日
2020/03/18
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

アナザー1964 パラリンピック序章 稲泉連著 小学館

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 一九六四年の東京オリンピックは、障害者のスポーツ国際大会であるパラリンピックが、その名前で公式に催された最初の機会でもあった。名称にあるパラは、いまではオリンピックと並行して開催するという意味(パラレル)に定められているが、当初の由来は別の言葉である。

 パラプレジアすなわち下半身麻痺(まひ)。第二次世界大戦は、脊髄損傷などで障害を負った人々を大量に生み出した。彼らの社会復帰への道を開いてゆく運動の一環として、英国で始まったスポーツ大会なのである。その動きとは無縁だった日本が、開催日のわずか二年前から準備をはじめ、みごとに実現する。その軌跡をていねいに跡づけたノンフィクションである。

 やはり戦争などさまざまな背景をもつ出場者たち。超人的な活動力で開催を主導した医師。通訳のボランティア活動などに携わった人々。熱心に支援していた皇室。一人ひとりの言葉を著者の稲泉連は書きとめ、彼らの経験とその後の人生をたどっている。

 当時の日本には、社会復帰という発想も、バリアフリーの工夫もほとんどない。障害者は福祉政策による「保護」の対象であり、自宅か療養所で、社会から隠れるようにして生きるのが当たり前とされていた。しかし、同じ障害者でありながら、明るく楽しそうな外国選手たちと交流し、自分たちが主人公となる経験を積むことで、出場した人々の生き方が変わってゆく。

 障害者が健常者とともに働き、地域生活を営めるような、社会のあり方。六四年の東京パラリンピックは、日本がそうした方向へと歩みだす出発点でもあった。それから五十年以上をへて、障害者の雇用や建物・道路のバリアフリー化は進んだが、人々の意識はどれほど変わったと言えるだろうか。本書に登場する出場者の一人はそう問いかけている。延期された開会までの一年間、そのことをじっくり考えながら、次のパラリンピックを迎えたい。

読売新聞
2020年6月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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