感情の歴史I 古代から啓蒙の時代まで A・コルバン、J‐J・クルティーヌ、G・ヴィガレロ監修

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感情の歴史 Ⅰ

『感情の歴史 Ⅰ』

著者
アラン・コルバン [監修]/ジャン=ジャック・クルティーヌ [監修]/ジョルジュ・ヴィガレロ [編集、監修]/片木 智年 [監修、訳]
出版社
藤原書店
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784865782707
発売日
2020/04/27
価格
9,680円(税込)

書籍情報:openBD

感情の歴史I 古代から啓蒙の時代まで A・コルバン、J‐J・クルティーヌ、G・ヴィガレロ監修

[レビュアー] 山内志朗(倫理学者・慶応大教授)

 死や愛や憐憫(れんびん)や残酷さという人間の心性の基本要素の歴史は書かれてこなかった。フランス歴史学のアナール学派はそれを嘆き、心性の歴史研究を蓄積してきた。

 その集大成として刊行された『感情の歴史』(全3巻)という記念碑的著作である。本書はその第一巻で、古代ギリシアから近世までを扱う。

 感情は実に多様だ。時代や地域によって偏差はあるとしても、基本感情はほぼ共通である。古代の文学に感動できるのは、時代を越えて共通する感情の枠組みがあるからだ。

 感情の大きなカテゴリー、たとえば、怒り、怖(おそ)れ、歓喜、悲しみ、羨望などは変わらない。

 とは言え大きな変化もあり、それゆえに歴史が書かれる必要がある。変化したのは、感情の種類というよりも、感情の意味、そのかたち、濃淡、程度である。

 近世以前は身体の変化や動揺を伴う心の変化が感情だった。だから、滂沱(ぼうだ)の涙、顔と行動に現れた怒りはありふれたものだった。君主による怒りの表示による政治的権力の行使は興味深い。感情は内面的な状態に留(とど)まるものではなかった。

 感情が内面的心情的なものへ移行したのは近代に入ってからだ。実は「感情」という概念も近代になって定着した。感情をめぐる概念的分析はこれから深化させる必要がある。

 本書で豊かに語られる音楽、演劇など芸術における感情表現の問題も具体性を持ち、刺激的である。全体的に専門用語は多くないから読みやすい。関心に応じて論文を読むこともお薦めだ。

 豊饒(ほうじょう)な研究領域でありながら、閑却されていたためなのか、感情論には未踏破の話題が多く残っている。重要で新しい研究領域であることは確かだ。道しるべとなる画期的著作である。本書が扱う地域は西洋に限られる。日本人の感情、義理・人情・恥が組み込まれることを私は夢見る。片木智年監訳。

 ◇Alain Corbin=1936年フランス生まれ。パリ第1大名誉教授。同大では19世紀史の講座などを担当。

読売新聞
2020年6月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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