入門書としての「答え」のひとつとして(『刑法総論』有斐閣ストゥディア)

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刑法総論 = CRIMINAL LAW:GENERAL PART

『刑法総論 = CRIMINAL LAW:GENERAL PART』

著者
内田, 幸隆杉本, 一敏
出版社
有斐閣
ISBN
9784641150652
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

入門書としての「答え」のひとつとして(『刑法総論』有斐閣ストゥディア)

[レビュアー] 内田幸隆(明治大学法学部教授)/杉本一敏(早稲田大学大学院法務研究科教授)

本書について

 「木を見て森を見ず」という。刑法学でいえば、細かな論点や学説、判例にこだわるあまり、犯罪論や刑罰論の全体のイメージがつかめていないことになろうか。本書では、第1章「刑法の基礎理論」に入る前に、序章(CHAPTER 0)を設けて、刑法総論の全体的な「見取り図」を示している。この「見取り図」を読み取れば、どのような段階を経て犯罪の成否が決まるかが(おぼろげであっても)頭に思い描くことができるはずである。

 とはいえ、刑法学の「森」がどのようなものか知らない初学者にとって、一本一本の「木」を知らないままに「森」全体のイメージをつかむことはやはり困難であろう。むしろ本書を一読した後に再び序章に戻ってCHART 0.1の犯罪論体系の図を眺めた方が「森」全体のイメージを描きやすいかもしれない。目の前にそびえる「木」がどの種に属するのか判断することができてはじめて「森」で迷うことなく、一つの目的地(=解決)にたどり着くことができるともいえる。そこで仕方なく刑法学の教員は、「コウセイヨウケンガイトウセイ」、「イホウセイソキャクジユウ」といった用語を呪文のように呟くことから授業を始めているのである。しかしながら、「コウセイヨウケンガイトウセイ」が構成要件該当性であり、「イホウセイソキャクジユウ」が違法性阻却事由であって、その意味を理解することができるようになれば、刑法総論の学修進度が早まることも確かなのである。

 ここで個人的な経験を例にとると、学生時代にお世話になった食べ物屋では、麻婆豆腐がご飯に盛り付けられた「スタミナライス」がメニューにあった。しかし、常連客は、店を切り盛りしていたおじさん、おばさんに「スタミナライス!」などとは注文しない。「スタライお願い!」と省略して注文するか、「生スタで!」「今日は、ゆでスタ」などと注文する。「生スタ」と「ゆでスタ」とは何なのか。もちろん素材が生のままのスタミナライスであったり、ゆで上げたスタミナライスではない。前者は、生卵がのったスタミナライス、後者は、ゆで卵をスライスしたものがのったスタミナライスなのである。もちろん常連客に運ばれたスタミナライスをよく見れば、「生スタ」「ゆでスタ」が何なのかすぐに理解することができ、次回来店時には店のおじさん、おばさんとスムーズに注文のやり取りができるようになる。ただ、ここでもしメニュー表に「スタライ」とはスタミナライスの略称であり、「生スタ」とは生卵付きのスタミナライスであるなどと明記されていれば、一見の客であっても戸惑うことなく手短に注文することが可能であったろう。

 少々脱線したが、このような基礎的用語の理解と暗黙の了解事項の習得といった問題は、刑法総論の学修においても同様に起こりうる。もちろんほとんどの教科書は、例えば前述した構成要件該当性や違法性阻却事由といった基礎的な用語が何を意味するのか、また、なぜ犯罪の成否を検討するにあたってそれらが問題となるのかにつき十分な記述がある。しかし、標準的な教科書では、応用的な論点の検討に力点が置かれることが多く、基礎的用語の理解と暗黙の了解事項の習得が初学者にとって不十分なままとなるおそれがないとはいえない。そこで、初学者が応用的な論点に立入る前につまずくことがないよう、本書では、刑法学独特の基礎的用語であっても一読して理解できるように簡潔に記述し、また、暗黙の了解となっている事項がどのようなものなのかをできる限り言語化して記述するように心がけた。一例を挙げれば、刑法における「違法」概念をめぐっては、これまでの学説において、様々な議論が積み重ねられている。そのため、「違法性」は、(犯罪というものを考える上で、何をおいても最初に考えるべき中核的な要素であるにもかかわらず)初学者にとってはまさに外国語のような熟語(〇〇違法論、〇〇無価値論)が頻出する概念の密林地帯になっている。初学者向けの入門書ということで、これらの概念を軽く流してしまうやり方もありうるが、本書では、それらの概念や考え方についても省略せずに、正面から説明を加えた(第5章)。それらの概念の根底にある「ものの見方」は、刑法理論を学ぶうえで、現在でも無視できない基礎をなしているように思われたからである。

 また、本来ならば法律用語辞典を使って意味を確認してもらいたい一般的な法律用語についても、本書ではなるべく解説を加えている。したがって、刑法学の学修がある程度進んだ者が本書を読むと、あっさりとした記述で物足りなさを覚える箇所や、逆に、くどい記述となって読み飛ばしたくなると感じる箇所が出てくるかもしれない。ただ、初学者が読むことを想定して、最終的には応用的な論点についても理解させることを目的とするならば、本書のこのような記述のあり方は、入門書における一つの「答え」になっているのではないだろうか。

本書ができるまで

 本書は、それぞれの章について執筆分担が決められているが、執筆者二人による原稿をそのまま組み合わせて本書を構成したわけではない。神保町・有斐閣の会議室に原稿を持ち寄って、歴代の編集担当の方を交えながら、記述内容だけでなく、表現の仕方に至るまで議論を重ねた(執筆者二人はあまり酒を嗜まないため、会議の後は近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら反省会も行った)。議論を踏まえて修正原稿を作成し、また次回の会議で議論を行って、また修正原稿を作成するといった工程を繰り返し経て……やっと完成にたどり着くという次第であった。もともとそれぞれのテーマについて、なるべく判例や通説的な見解をベースにして論述していたが、議論を経て修正することで執筆者片方の独自の見解が示されていてもマイルドに抑えられており、最終的には執筆者二人の共通理解にもとづき本書のそれぞれの章が構成されているといえる。しかし、このような過程を経て、執筆者片方のオリジナルな記述の持ち味がなくなってしまったわけではない。例えば、第2章「構成要件」における「因果関係」では、「VTR一時停止」にもとづく事実経過の予測判断と、その後に行う「解答VTR」にもとづく事実経過の確認を照らし合わせることによって「危険の現実化」を判断するという因果関係の判断構造が示されている。このような判断構造の描き方は、従来の教科書では見られなかったものであり、刑法学の研究者から見ると賛否が分かれるものかもしれない。しかし、初学者にとってみると、因果関係の諸問題を十分に理解することができる論述になっているのではないだろうか。

本書の使い方

 本書では、各章の冒頭に、その章で扱うテーマを簡単にまとめた「リード文」が設けられている。また、それぞれのテーマには、問題となる具体的な事例を「CASE」として掲げている。まずは、「リード文」と「CASE」を読むことで、それぞれのテーマにおいてどのような事例が問題になっているのかを理解してほしい。また、複雑な事例、項目、学説については、整理のための図を「CHART」として適宜設けている。さらに、刑法総論におけるテーマは、そのテーマ単独で問題が設定されるだけでなく、それぞれのテーマが相互に関連して問題が設定されることが多いため、本文には適宜レファレンスを設けている。レファレンスは、具体的なページを指示することもあれば、おおまかに一つの章の小見出しを指示することもある。本書による学修では、レファレンスを参照して読み返したり、場合によっては読み進めることも必要になる。

 本書では、それぞれのテーマにつき、基本的に判例と通説的な見解に即して検討を行っており、これにあわせて問題となった「CASE」についてどのように解決するべきかを示している。本書を読み進めることで、判例と通説的な見解における考え方と、事例解決の仕方が身につくことが期待されている。ただし、判例や通説的な見解に即した「CASE」の解決は絶対的なものではなく、それらとは異なる見地から解決を図ることも検討する必要がある。そのため、本書では、「発展的な理解のために」という項目で、本文の字より小さい字を使って、本文に対して発展的・補充的な説明を加えている。しかし、刑法学を初めて学ぶ読者は、この項目をとばして読んでも構わない。この項目については、再読した際に、あるいは、遅くとも刑法総論における考え方がある程度身についた段階で読むとちょうどよいと思われる。もちろん発展的な記述であっても、なるべく理解しやすく記述しているので、初回から読んでもらうことも執筆者としては期待している。

 本書では、「注記」も設けている。ただし、本文の下部にはなく、本文の横、つまり左の頁であれば左端にスペースをとって「注記」を設けている。このような取り組みを採用する先行の刊行物としては「START UP」シリーズの『刑法総論判例50!』などがあるが、本書も新たな「注記」方法を活用している。「注記」では、本文に出てきた用語について補足説明をするだけでなく、本文の論述自体についても補充的に説明を加えている。そもそも補足説明であっても全て本文で記述することも考えられるが、それだと本文の記述が初学者にとってうるさくなってしまうおそれがある。「注記」は、なるべく本文の記述を簡潔なものにする工夫の一つであり、補足説明を不必要だと思うのであれば、「注記」をとばして本文を読み進めても構わない。もちろん本文を読む際に「注記」も同時に参照することで、読者の理解度がより上がることを期待している。従来の脚注と本文の関係では、目線が上下に往復して思考が一時的に途切れることもある。本書の「注記」と本文の関係では、目線が横にずれて往復するだけなので、より集中的に本文を読み進めることができるのではないかと期待している。

 以上のように、本書では、読者が本文を読み進めていく上でいくつかの工夫をこらしているが、本文を読み終えてもそのままにするのではなく、各章の終わり、あるいは各章のテーマごとに「CHECK」項目を設けている。「CHECK」項目を読んで、よく思い出せない、よく答えることができないと感じたら、もう一度そのテーマの該当部分に戻って再確認することにより、スムーズに復習することができるようにしている。

初学者から習熟者まで

 本書は、このように初学者を想定していくつかの工夫をこらしているが、司法試験受験を志すようなある程度の習熟者にとっても有益なものであると考えている。というのも、刑法総論の主要な論点については手を抜くことなく検討を加えており、コンパクトな本書で復習することで刑法総論の全体を手早く再確認することが可能になっているからである。初学者が本書を一読、再読するだけでなく、習熟者も本書を手にとって刑法総論の学修を進めることを願っている。こうした本書の取り組みが「入門書」としての「答え」の一つになっていれば幸いである。

有斐閣 書斎の窓
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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