法を切り口に中国社会を見る(『現代中国法入門〔第8版〕』外国法入門双書)

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現代中国法入門〔第8版〕

『現代中国法入門〔第8版〕』

著者
髙見澤 磨 [著]/鈴木 賢 [著]/宇田川 幸則 [著]/坂口 一成 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641048256
発売日
2019/12/21
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

法を切り口に中国社会を見る(『現代中国法入門〔第8版〕』外国法入門双書)

[レビュアー] 徐行(北海道大学大学院法学研究科准教授)

 本書は1998年に初版が刊行されて以来、執筆者の一部変更を経たものの、ほぼ3年おきの程よいペースで継続的にアップデートされてきた中国法の入門書の最新第8版である。中国法に関する概説書は毎年のように新しい本が刊行されているが、コンスタントに版を重ねるものは他に例がなく、中国法の現在地を知るための必読の一冊と言っても過言ではない。

 本書は入門書らしく初学者への配慮が随所に見られる。表紙裏に中国地図を配し、図表を多用して直観的に情報を提供する努力のほかに、15頁にも及ぶ充実した索引を用意しており、ある意味「中国法事典」的な使い方も可能にしている。また、巻末の付録も使いやすい。近代以降の法制史と重要な歴史的出来事を併記している年表のほかに、学習のための文献案内も一貫して付け加えられている。各種法令集や事例集はもちろんのこと、法分野別の書籍やデジタルデータベース、ないしインターネット上の各種ウェブサイトの情報も掲載されていて、時代の変化を反映した最新情報の提供に努めていることが窺える。

 これは新型コロナウイルスによる感染症が全世界にかつてない大きな影響を与えている今日において、本書の価値を一層高めるかもしれない。ウイルスの感染爆発は中国で始まったものの、法の支配が機能していると思われる民主主義の国々と比べて、権威主義ないし全体主義体制が敷かれている中国の方がウイルスの感染拡大を上手くコントロールしているように見える。スピーディーに対策を打ち出すことを可能にしている法体制も重要なファクターの一つと考えられるため、中国法に対する関心も高まるのではないかと推測される。今後も目まぐるしく変化する中国法の世界に追随するためには、既存の法規定や法制度に関する概説もさることながら、情報収集の手引きも大いに役立つであろう。

 しかも、本書は決して法規定や法制度を概説するだけの入門書ではない。中国法と切っても切れない関係にある中国共産党に関する核心を突く指摘や、法律の条文だけを見ていたら気付かなかったであろう中国法の弱点や本質に関する忌憚のない著者の見解も多く盛り込まれている。そういう意味では、本書は主要な法分野をほぼカバーしているが、その内容は無味乾燥なものではない。

本書の構成

 本書の構成は以下の通りである。

 第1篇 総 論
  第1章 現代中国法の前史
  第2章 現代中国法の歴史

 第2篇 各 論
  第3章 憲 法
  第4章 行政法
  第5章 民 法
  第6章 企業活動と法
  第7章 市民生活と法
  第8章 民事訴訟法
  第9章 犯罪と法
  第10章 紛争処理システム
  第11章 法学教育と法曹養成

 付録
  中国近代法史関連事項年表
  現代中国基本法令年表
  学習のための文献案内
  主要参考文献
  索引

 本書は総論と各論の2編に分かれているが、第1編の総論部分は主に現代中国法を理解するために必要な法制史および中国近現代史の基本的な知識に関する記述である。法制史の話の中には紀元前まで遡る固有法時代の内容も含まれている。これは一見すると少々難解なように見えるが、実は今日の中国法世界の中でも見られるような事象が点在しており、日本法と比較して不思議に感じる現象のルーツがそこに隠れている。例えば、日本の裁判官は法と良心に従って独立して職権を行うとされているが、中国の裁判官は政治体制の影響で独立しておらず、法にのみ拘束されているわけではない。中国の裁判官は法以外のことにもいろいろと配慮しなければならないという現実は、固有法時代の官が民事的紛争を裁く際に「情」・「理」・「法」三者のバランスをとろうとする営為(4頁)に通底するものがある。初学者にとって多少難解であっても、中国法を勉強しているうちに遭遇するであろう疑問の答えを総論部分で提示しておくことはある種の親切心と言えよう。

 第1章は中華人民共和国が成立する前の中国法の歴史を、第2章はそれ以降の歴史をそれぞれ取り扱うが、特に第2章には大幅な加筆が行われた。第7版まで現代中国法の約70年の歴史を3つの時期に区分して描写していたが、第8版は「第四期:習近平集権体制期(2018年以降)」を追加した。また、従来の時期区分は中国法が「いかなる比較法的な影響関係、すなわちどの国ないし法圏からの継受のなかで形成されたか」(25頁)に着目していたが、上記習近平集権体制期に関する説明は明らかにそこから逸脱した異質なものとなっており、既存の枠組みの中には収まらない。中国法はそれだけ劇的な変化をここ数年経験していることを物語っている。

 第2編の各論部分の章立ては中国法の発展とともに改版に合わせて数回の変更を経験しているが、第5版以降、基本的な構成に変動はなく、第8版もそれを継承している。ただし、第4章のタイトルは「行政と法」から「行政法」へと変更され、第4版への回帰となった。なお、各章に目を移すと、第9章と第11章の構成が大きく変更されている(その他の章にも細かい手入れが行われた)。これは原案作成者の変更による影響だと思われる。私見では特に刑事法に関する第9章の構成変更は入門書の性格からして歓迎すべきものであり、初学者にとって章全体がより分かりやすい構造になったという印象を受ける。

 内容面から見ると、第2編の各章は2016年以降の重要立法を取り込みつつ、加筆修正が行われた。第11章を除く各章の頁数は多かれ少なかれ増えたが(第11章は構成の変更に伴って図表の内容を差し替えたため、分量が微減したが、最新の法学教育の特徴と法律専門職資格試験に関する説明の追加による内容面の変化は大きい)、特に分量の増加が顕著なのは憲法に関する第3章である。2018年の中国憲法の改正が「原理的な点にも及ぶ比較的大規模なもの」(71頁)であったことを考えると、当然な結果であろう。

 なお、第3章は憲法改正の内容を追加しただけではなく、憲法学上の論点になり得る世情の変化もフォローしている。2019年香港で起きた逃亡犯条例の改正をめぐる市民による大規模な反対運動を取り上げて、「一国二制度」が失敗したとも言われていることを指摘したのはその典型例である(90頁)。法のテキストと中国の実情を結び付ける解説は読者の興味関心を引き付ける効果があり、本書の特徴の一つとも言える。また、中国の驚異的経済成長の源泉は農村戸籍の労働者に対する過酷な搾取であるため、労働者と農民を統治階級に位置づけて、中国共産党をその前衛とする論理がとうに破綻しており、「この論理に依拠した中共の統治の正統性は失われている」(73頁)といったような鋭い指摘も多くみられる。歯に衣を着せぬ著者の辛辣とも言える論評も本書の魅力の一端を担っている。

 行政法分野では憲法ほどダイナミックな変化はないが、情報管理および情報公開・個人情報保護に関する法規の新設と改正が相次いでおり、本書第4章はその詳細をカバーしている。中国では2015年に国家安全法が制定されて以降、国家安全教育のキャンペーンを大々的に展開してきた。国家安全という大義名分の下で政府による監視を正当化し、市民同士の監視と密告を後押しした。法の変化と合わせてみると、「法は国民への管理、抑圧強化のための手段としての性格をますます濃厚に」(66頁)していることは明白であろう。多少の深読みは必要かもしれないが、本書には中国法を通じて中国社会の諸現象を理解するためのヒントが随所に隠されている。

 民法(家族法も含む)に関しては、刊行時期の影響で残念ながら今年5月の全国人民代表大会で採択された中華人民共和国初の民法典の内容を取り入れることができなかった。民法典各編の内容の多くは現行法を土台にしているが、重要な意味を持つ修正や一部新しい規定も盛り込まれているため、採択後の早い時期に本書のアップデートが期待される。なお、本書では家族法は労働法や社会保障法と一緒に第7章に置かれているが、今後この構成自体も民法典の採択による影響を受けるかもしれない。

 民事訴訟法に関しては、中国民事訴訟手続の特徴として「私的自治の空間が今なお相当狭いこと」(299頁)を明確に指摘したことが注目に値する。入門書として読者に日本法との違いを発見させる楽しみを与えようとする姿勢は大事であるが、このような重要な結論はやはり明示した方が好ましいと思われる。そのほか、2012年の民訴法改正で導入された第三者からの取消しの訴えに関する説明が追加され、公益訴訟に関する記述も充実したものとなった。民事訴訟と関連する紛争処理システム(第10章)に関する紹介も最近の流れをしっかりとフォローしている。特に独立した節で人民参審制を取り上げたことは裁判員制度との比較という意味において重要だと考えられる。ただし、司法制度改革に関する解説は全体的に見て極めて簡潔であり、中国の学界ではすでにAI裁判やインターネット法院に関する議論が過熱していることを考慮すると、今後はそういった具体的な改革措置に関するより詳細な解説も期待したい。

 第9章は先述した通り、全体の構成を大きく変更した。初学者にとって分かりやすくなった反面、既修者にとって少しドライに感じるかもしれない。また、刑事訴訟法の定める基本的な手続の流れを示した図が削除された。少々欲張りかもしれないが、手続の流れに関する記述が約10頁にも及ぶため、図表の助けがあれば、読者にとってより分かりやすくなるのではないかと少し残念に思う。

まとめ

 本書は充実した内容を有する堅実な入門書であり、教科書としてはもちろんのこと、一定の法学知識を有する独学者にとっても使いやすいテキストである。現行法以前の歴史に関する豊富な記述を維持しつつ、コンスタントに内容を更新するという著者陣の努力は尊敬に値する。しかも、今回は次の版を待たずに最終校正以降の主要な立法(改廃を含む)の簡単な紹介と正誤表を有斐閣のサイトに掲載するという新しい試みも導入されている(https://www.yuhikaku.co.jp/static_files/04825_supplement.pdf)。著者に余計な負担をかけることになるかもしれないが、中国法を教授する者として非常に有難い。多少なりとも中国法に関心のある読者にはぜひ本書を薦めたいと思う。

 唯一心配している点は本書の分量である。法実務に関する内容はほとんどそぎ落とされているものの、評者が中国法を体系的に学習し始めた時に使用していた第3版の343頁から100頁以上も増えており、中国法に関する概説書の中でも突出している。読者の負担と内容のバランスは今後の課題になるのではないかと思われる。

有斐閣 書斎の窓
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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