多様な作風の著者が淡々と描く夫婦のかたち
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「結婚」です
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志水辰夫は、夫婦の愛を描くのに秀でた作家である。たとえば、1990年の『行きずりの街』。行方不明の教え子を、塾の講師が探す話だが、12年前に別れた妻と再会するのがこの長編のキモ。「このミステリーがすごい!」で1位になったように、もちろんハードボイルド小説でもあるのだが、夫婦小説として味わう読者は少なくない。
そしてこの路線上の傑作が『いまひとたびの』に収録の「夏の終わりに」なのである。『行きずりの街』にはまだミステリーの要素がのこっていたが、初老夫婦の数日間の夏休みを描く「夏の終わりに」は、夫婦のかたちを淡々と描くだけだ。東京に帰る妻を見送るクライマックスのプラットフォームで、それまで溜めていた感情が一気に噴出するラストが素晴らしい。
冒険小説、あるいはハードボイルド小説をひっさげてデビューした80年代初頭から、志水辰夫は同じところにとどまらず、どんどん変貌している。その後、『きのうの空』『生きいそぎ』『うしろ姿』など、人生の終盤にさしかかった者たちの諦観と哀しみを描く作品集を残したかと思うと、2007年からは時代小説に転じるのだ。こちらもなかなか味わい深いが、それはまた別の話になる。ここでは、傑作「夏の終わりに」を収めた作品集『いまひとたびの』が、20年以上たった今年、新装版となったことを付け加えておく。そこにはなんと14年ぶりの現代小説が一編、書き下ろされている。