『また、本音を申せば』小林信彦著

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また、本音を申せば

『また、本音を申せば』

著者
小林, 信彦, 1932-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163911984
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

『また、本音を申せば』小林信彦著

[レビュアー] 喜多由浩(産経新聞社 文化部編集委員)

■「生き字引」が教えてくれる

 最近のNHKの若い女子アナウンサーはものを知らない。20代とおぼしきアナは世界のホームラン王で国民栄誉賞第一号、王貞治氏を知らなかった。恥じ入る様子もない。おそらく有名大学を出て、高い競争率を勝ち抜いて採用された公共放送のアナウンサーが、だ。演芸や歌番組でも同様のことがあった。

 こんなことを書くのも、本書収録の『逝去から十年、森繁さんを思い出す』のコラムで、わざとかもしれないが、「モリシゲ・ヒサヤという人物を、あなたはご存じですか?」という書き出しになっていたからだ。

 満州(現中国東北部)の新京放送局のアナウンサーから、戦後引き揚げて喜劇役者として人気を博し、日本を代表する名優となった男。名曲「知床旅情」の作詞・作曲者のことを、コラムが掲載されている「週刊文春」の読者層は知らないのか? 死後たった10年で忘れ去られるのか? 衝撃である。

 だが、昭和7年生まれの日本橋の老舗和菓子屋の跡取り息子で、戦前から浅草や人形町などの寄席や芝居、映画になじんできた“生き字引”にこう書かれると、こっちがNHKの女子アナに投げつけた悪罵もグラつく。今や「彼ら」を知っている方が少数派なのか…。いやいやいくら時間の流れが早くなったとしてもそんなはずはない。

 小林信彦さんは“アラ還”記者の父親世代にあたる。守備範囲は長く、広い。私も植木等や渥美清はリアルタイムで見ているが、エノケン、ロッパは知らない。東映仁侠(にんきょう)映画時代の健さん(高倉健)や「緋牡丹博徒(ひぼたんばくと)」のお竜さん=藤(現・富司)純子=はギリギリセーフだ。

 ただ、時代に間に合わなくとも、小林さんの筆で教えてもらった作品や人物は多い。例えば本書に登場する成瀬巳喜男(みきお)監督の名画「浮雲」(昭和30年)はビデオで見て、若き日の高峰秀子に魅せられた。古き東京の街並みや情緒もしかりである。NHKのアーカイブは充実しているぞ、女子アナさん!

 本書を読むと、小林さんの好みが分かってニヤッとさせられる。コメディー女優としての綾瀬はるか、作家ならば太宰治。逆に、ウディ・アレンやジョージ・ルーカスは、あまりお好きじゃない。安倍晋三首相も…。(文芸春秋・2200円+税)

 評・喜多由浩(文化部編集委員)

産経新聞
2020年7月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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