<東北の本棚>尽きぬ欲 新たな味生む

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食いしん坊発明家

『食いしん坊発明家』

著者
小泉 武夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104548071
発売日
2020/04/17
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

<東北の本棚>尽きぬ欲 新たな味生む

[レビュアー] 河北新報

 哲学者ソクラテスは「食うために生きるな、生きるために食え」と言ったという。著者なら「食うためで何が悪い」と豪快に笑い飛ばすに違いない。
 著者は東京農大名誉教授で、発酵学の第一人者。福島県小野町の酒蔵で生まれ育ち、筋金入りの食いしん坊でもある。少年時代は通学途中の畑で「トマト泥棒」を働き、通学かばんにはイワシの缶詰やしょうゆ、マヨネーズを常備。本書はそんな少年が成長し、上京してユニークな新食品を次々生み出す自伝的小説だ。
 母や女中さんが毎日苦労してだしを取り、みそ汁を作る姿を目にした著者が、高校2年にして生み出したのが「出汁(だし)入り味噌(みそ)」。大豆と米こうじ、塩にかつお節と昆布を加え、10カ月ほど発酵、熟成させれば、うま味をしっかり吸収した琥珀(こはく)色に輝く絶品みその誕生。家族や隣近所でたちまち評判になったという。
 ウナギ屋の匂いで飯を食うけちな男を描いた古典落語「ウナギのかぎ賃」から着想を得たのが、エビの香りを閉じ込めた豚脂「エビラード」。熱して液状になったラードでエビの殻を揚げ、冷まして固形に戻す。このラードを使えば、エビのかぐわしい香りあふれるエビラーメン、エビチャーハンの完成だ。エビラードの特許は菓子会社に譲渡し、スナックや煎餅の香り付けに応用された。
 ユーモアあふれるテンポの良い文章で、食べ物の描写は秀逸だ。マツタケの蒸し焼きは「松茸(まつたけ)がシコリ、ホクリと歯に応えて、そこから優雅なうま味と耽美(たんび)な甘みとがチュルル、ピュルルと湧き出してくる」。巧妙なオノマトペで読者の想像力と食欲をかき立てる。しょうゆの醸造や納豆菌の培養など食品化学の基本が楽しく学べ、頭とおなかがいっぱいになる満足度の高い一冊だ。(江)

 新潮社03(3266)5111=1540円。

河北新報
2020年7月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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