中国SF文学界の鬼才が描く膨大な知識に裏打ちされた人間ドラマ

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三体2 黒暗森林 上

『三体2 黒暗森林 上』

著者
劉 慈欣 [著]/大森 望 [訳]/立原 透耶 [訳]/上原 かおり [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152099488
発売日
2020/06/18
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

三体2 黒暗森林 下

『三体2 黒暗森林 下』

著者
劉 慈欣 [著]/大森 望 [訳]/立原 透耶 [訳]/上原 かおり [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152099495
発売日
2020/06/18
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

中国SF文学界の鬼才が描く膨大な知識に裏打ちされた人間ドラマ

[レビュアー] 富坂聰(ジャーナリスト・拓殖大学教授)

 もしもいま、人間の脳を可視化する装置があり、誰か一人だけ、その中身を見せてあげよう、と問われたら、私は迷わず「劉慈欣の頭の中が見たい」と答えるだろう。『三体』の第二部(「黒暗森林」)はやはり期待を裏切らなかった。いや、それ以上だ。

 三部作のテーマは地球外文明(三体文明)からの侵略。インベイダーよりはるかに遅れた文明しか持たない地球人がどう立ち向かうのか、である。第一部で三体文明が侵略計画を持っていることが明らかになり、それを受けた第二部だ。

 その実、私は第一部の入り口、文化大革命の描写からガッチリ心をつかまれてしまっていたのだが、第二部を読んで合点がいったのは、文革の持つ重苦しい空気と、宇宙に付きまとう「暗黒」のイメージが共鳴するということだ。前者が人に潜在する闇に由来する恐怖だとすれば、後者は未知なる文明への猜疑と恐れである。また劉氏の安定した筆致が、作品の通奏低音としてテーマに重力を与え、一流の人間ドラマに仕上がっている。

 異文明との戦いでは、その主戦場は“頭脳戦”である。ここでは著者の面目躍如とばかり知識が総動員される。まず中心人物・羅(ルオ)・輯(ジー)が天文学から社会学に転身した大学教授である。ベースとなる宇宙工学、物理学、数学はもちろんのこと、国際政治、経済学、心理学、宗教……。よくまあこれほど、とあきれるほどの専門用語が洪水のようにあふれ出てきて、作品に説得力を与えているのだ。

 こんな書き方をすれば「難しい話はちょっと」と敬遠する読者もいるかもしれないが、心配には及ばない。そもそも理系アレルギー持ちで、カタカナが多用された文章を前にすると、たちまち敗北思想と逃亡主義が頭をもたげてくる私が最後まで楽しめたのだから。実は、劉氏は中国のSF作家の中でも、とくに「難しい話を簡単に書く」作家として知られているのだ。

 それにしても今回改めて感心させられたのは、この作品が2008年に世に問われていることだ。「黒暗森林」を読む中で、未来の設定の下で中国人民解放軍の中に「総装備部」(16年改組)が登場するので、「あれっ」と思って解説で確認して気が付いた。

 宇宙に地球外文明を発見できないように、われわれは中国の才能に気が付かなかったということだ。第一部読了後、私はツイッターに「これでは日本の作家が大変だ」と書いたが、その感想は変わらない。完結篇第三部の発売まで、羅輯のように冬眠しながら待ちたいものだ。

新潮社 週刊新潮
2020年7月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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