少女たちが「おじさん」たちの目に映らなくなった世界――松田青子 著『持続可能な魂の利用』

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持続可能な魂の利用

『持続可能な魂の利用』

著者
松田 青子 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120053061
発売日
2020/05/20
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ファンフィクションの成熟

[レビュアー] 北村紗衣(イギリス文学、フェミニズム批評)

『持続可能な魂の利用』は、成熟したファンフィクションである。正統的なフェミニストディストピアSFであり、アイドル論であり、先行するさまざまなテクストを下敷きにしたポストモダン的小説であると同時に、全体がファンとしての内省と喜びに満ちた作品だ。中盤あたりまでは批判的なアイドル論としての色彩が濃いのだが、終盤は欅坂46のファンフィクションとして怒濤のようにクライマックスへと流れ込んで行く。

 この小説は直線的には進まない。まずは突然、少女たちが「おじさん」たちの目に映らなくなったという、どうやら近未来に起こったらしい出来事の話から始まる……のだが、話はすぐに現代の日本らしい場所に移る。その後は、現代日本でひょんなことから女性アイドルグループのファンになった敬子とその周辺の女性たちの目を通してさまざまな性差別が描かれるパートと、近未来の学校に通う女子生徒たちが現代日本の女性について学び、発表するパートが交互に描かれ、だんだんとこの二つの関係がわかるようになっていく。話が進むうちに現代の女性と近未来の女性がつながる構造だ。

 敬子が夢中になる女性アイドルは、名前は明記されていないもののおそらく欅坂46にいた平手友梨奈だ。この小説にはアイドル論を通した社会批評が含まれている。敬子がアイドルに対して感じる魅力が語られる一方、日本におけるアイドル文化が「未熟さ」に極めて大きな価値を置いていることを女生徒たちが研究発表で批判的に論じている箇所がある。アイドルに愛着を感じつつその位置づけに疑問を呈するという、バランスのとれたファンとしての視点からの分析が提供されている。

 ところが、本作の終盤では、ここで批評的に分析されていたアイドルたちに、社会を動かすような大きな政治的役割が与えられるようになる。ここには現代日本においてアイドルが与えられている役割、つまり未熟な存在として男性ファンを喜ばせるという性役割にのっとった機能を転覆させるような思考の遊びがある。

 面白いのは、中盤でかつてアイドルであり、自分に関する性的なファンフィクションを読んでショックを受けた経験のある真奈というキャラクターが登場していることだ。本書と、真奈が読んで自分の人格を傷つけられたと感じたファンフィクションは、好きなアイドルを素材に勝手に夢を紡ぐという点では同じ罪を犯しているのかもしれない。しかしながら決定的な違いは、本書にはそうした罪への自覚を伴う批評的な視点があり、また、アイドルたちを現在押しつけられている役割から解放したいという政治的主張があることだ。日本のアイドル文化は未熟さに価値を置いているかもしれないが、本書はアイドルを題材にしたファンフィクションとしての成熟を目指している。

河出書房新社 文藝
2020年秋季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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