作者の分身ともいえる主人公が一本の長篇を書き上げるまでの小説

レビュー

5
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食っちゃ寝て書いて

『食っちゃ寝て書いて』

著者
小野寺 史宜 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041092057
発売日
2020/05/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

作者の分身ともいえる主人公が一本の長篇を書き上げるまでの小説

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

『食っちゃ寝て書いて』。

 小説家の日課をそのまま題名にした長篇である。〈おれ〉こと横尾成吾は、作者である小野寺史宜の分身だ。『食っちゃ寝て書いて』は横尾が一本の長篇を書き上げるまでの日々を描いた小説なのである。

 序盤に横尾の一日が綴られる。午前四時台に自然と目が覚める。布団の中で唱えるのは、自分を戒めるために作った四箇条の言葉だ。小説を完成させるために不必要な行為は一切せず、淡々と横尾は書き、食い、疲れれば眠る。また翌日書くために。

 並行する主語〈僕〉の章は、横尾を担当する編集者のものだ。大手出版社で働く井草菜種(いぐさなたね)は、医学部受験に失敗して文学部に入り、思い立ってボクシングジムに通うも、プロテストには通らずにその道を断念した青年である。特に秀でた部分があるわけではないが、誰からも人当たりの良さは褒められる。その菜種をモデルにして新作を書いてみたい、と横尾は提案する。

 小説執筆のためにしなければならないこと、してはならないことが気負いのない筆致で書かれていく。加えて、編集者の立場からその工程が客観的に眺められる。つまり立体的な構成の作家小説なのだ。

 いちばんの美点は、実際に横尾作品を読んでいるわけではないのに、作風がなんとなくわかるところだろう。途中、菜種が上司から新作の冒頭はこうしたらどうかと助言を受ける場面がある。菜種はそうすると「横尾さんぽく」なくなるかも、と考える。読者も同時にそうかも、と考える。そこが凄い。横尾成吾という作家像がはっきり見えるのである。

 構成にも凝った部分があるのだが、それは読んで確認してもらいたい。地の文が入らない会話が長めに書かれるなど、軽快に読ませるための工夫が随所に見受けられる。読者を楽しませたいのだ。小説をもっと好きになってくれよな、おれは書くから。横尾と小野寺がそう言っている。

新潮社 週刊新潮
2020年7月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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