『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』
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日本の領土があった島に作家らの足跡を訪ねる
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
サガレンは、北海道のさらに北にある島、サハリン(樺太)の旧名。樺太千島交換条約、日露戦争、太平洋戦争……複雑な歴史を持ち、何度も国境線が引き直された土地だ。本書は、南樺太が日本領だった時期に島を訪れた林芙美子や北原白秋、宮沢賢治らの足跡をたどる紀行作品。
二度の旅を二部構成で描く。まずは芙美子の「樺太への旅」を携え、約12時間をかけて島を南北に縦断する寝台急行に乗車。続いて『銀河鉄道の夜』のモチーフになったとされる賢治の旅を追体験する。
作家の心情や作品に込めた意味を探っていく筆致は細部まで行き届いている。歴史の彼方に消えた「最北の日本」の様子をはっきりと思い浮かべることができる。彼らが歩いたであろう風景を、現在の様子と照らし合わせることで、さまざまな気づきが生まれる。まるで推理小説の謎解きのようなカタルシス。
屈指のノンフィクション作家である著者は鉄道ファンで、本書では高めの鉄成分が論考のしなやかさにつながっている。一例を挙げると、賢治がなぜ樺太を目指したのか……これまでの研究では亡き妹トシの魂を追い求めて、というのが定説だったそうだが、著者にはピンとこない。妹は樺太に縁もゆかりもないし、とツッコんでこう記す。〈私にわかるのは、鉄道好きだった賢治が、日本最北端の駅だった栄浜駅まで、汽車に乗って行ってみたいと思ったであろうことである〉。賢治も乗り鉄仲間というわけ。思わず納得。
お出かけすることも憚られるウィズコロナ時代。樺太に向かう賢治の心を推し量る一節は、旅に出たいと願う人たちの背中をそっと押してくれるかもしれない。
〈見知らぬ土地で偶然に出会うさまざまなものたち――植物や動物、ふれあった人々、そしてときには空の色や空気の感触まで――に、つかのまであれ救われ、力をもらうのが旅というものだ〉