秋 アリ・スミス著

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秋

『秋』

著者
アリ・スミス [著]/木原 善彦 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901646
発売日
2020/03/25
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

秋 アリ・スミス著

[レビュアー] 村田沙耶香(作家)

 世界が大きく変化し、今まで目に見えなかった残酷さが露出したとき、思いがけない人の体から、物語が流れ出てきて驚くことがある。世界が大きく変化していると感じる現在、特に、そんな瞬間に出会い、大きく揺さぶられ、呆然(ぼうぜん)とすることがある。

 『秋』の主な舞台となっているのは2016年のイギリスだ。32歳のエリサベスは、療養施設で眠り続ける友人、101歳のダニエルの元へ通い、本を読み聞かせている。エリサベスとダニエルの出会いは1993年、エリサベスが8歳のときだ。隣人について作文を書いたエリサベスに、ダニエルは、やっと会えた、と言う。「死ぬ前になってようやく、生涯の友に出会うということもある」という彼の言葉の通り、二人は交流を重ねていく。

 大きなストーリーの流れがあるわけではなく、二人の過去のやりとり、EU離脱の影響で起きる世間の変化とエリサベス、ダニエルの夢、様々なシーンが、まるで精密なスケッチのように重なっていく。奇妙なことに、そのスケッチの連なりが、今までに読んだことのない「物語」を感じさせる。全ての人は、その人だけの眼差(まなざ)しで、世界を記録している。全ての人がその人生に内包しているその記録の一つが、この本の中に存在しているように感じられる。読者が喜ぶためだけの乱暴な「物語性」に踏み荒らされることなく、奇跡のように。

 ダニエルは11歳のエリサベスに、「いつでも何かを読んでいなくちゃ駄目だ」という。「読むというのは不断の行為だ」と。エリサベスはいつも本を読んでいるが、本だけではなく、世界のことも読書しつづけている。彼女だけの眼差しで、記録し続けている。その「不断の読書」は、誰の中にも眠っている。誰もが、その人だけの眼差しで、時代を、世界を読み、記録している。そのことが大きな希望だと感じさせる、特別な力のある本である。木原善彦訳。

◇Ali Smith=1962年、英国生まれ。作家。本作は、2017年のブッカー賞最終候補作。

読売新聞
2020年7月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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