スーベニア しまおまほ著 文芸春秋

レビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

スーベニア

『スーベニア』

著者
しまおまほ [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163912110
発売日
2020/05/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

スーベニア しまおまほ著 文芸春秋

[レビュアー] 木内昇(作家)

 愛するより愛されるほうが女性は幸せ、とまことしやかに囁(ささや)かれるが、果たして。この小説を読みつつ、そんな疑問が脳裏をよぎった。

 シオは、居酒屋で知り合った文雄と曖昧な関係を続けている。彼が連絡をくれるのは気まぐれで、数ヶ月音沙汰がないことも。どこに誰と住んでいるのかも知らない。それでも会えば、他には代えがたい特別な時間が生まれる。

 都合のいい女と多情な男の構図、とは違う。シオはカメラマンとして自立していて依存型でもなく、文雄は世俗の物差しに囚(とら)われない根っからの自由人。才能ある映像カメラマンだが、それをひけらかすことなく、自らの澄んだ感覚に従って生きている。その希有(けう)な魅力はしかし、例えば震災直後に安否確認の連絡ひとつしてこない、といった寂しさをシオにもたらしもする。同世代の友人は結婚し、ついこの間まで「いい人いないね」と語り合っていた仕事仲間に恋人ができる。三十代半ばの焦燥。でも文雄のような人は、関係性をはっきりさせはしないだろう。そう察しながらも、シオは一歩踏み出すが。

 著者はこれまでエッセイや漫画で自身や家族を描いてきた。身辺雑記だが「あたしって」臭は皆無、そこには遠くから自分を眺めているような独特の距離感があった。その客観的な視座が初の小説でさらに生き、名状しがたい文雄の佇(たたず)まいを、好きな人の心が掴(つか)めないシオのもどかしさを、切実に表すことに成功している。後半、「愛してるよ」と言葉にしてくれる男性が現れるが、彼の言動へのささやかな違和感が積み重なっていく様もヒリヒリと伝わってくる。

 誰と生きるか。その大事な選択をシオはためらう。片眼(かため)を瞑(つぶ)って気楽な誰かと並走するより、ずっと両目を向けていられる相手を欲する道もあるのだ。決められないようでいて、「流される人生にも、覚悟がいるのよ」というシオの言葉には、受動ではない、自分の心に嘘(うそ)つくことなく歩むという能動的意志が確かに宿っていた。

読売新聞
2020年7月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加