果てしのない想像が凝縮されている短編の肝

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  • 100文字SF
  • 30の神品 ショートショート傑作選
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果てしのない想像が凝縮されている短編の肝

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

〈遺品の整理に田舎へ帰る。押入れの奥から大量のアルバムが出てきた。子供の頃の自分がそこにいる。ところが、そこにあるのは知らない光景ばかり。何ひとつ記憶にないのだ。アルバムの表紙には未使用テイク集とある。〉

〈傘が大きいから濡れることはない。昔はこんなに大きくなかったそうだが、雨が続いて大きくなった。この茸がまだ国全体を覆うほどの大きさではなかった頃、傘というのは、茸ではなく別のものを指す言葉だったらしい。〉

 百文字の物語が一ページに一編×二百編。北野勇作『100文字SF』は、贅沢な余白と刈り込まれた言葉の連なりが、詩集を手にしているかのような感触も与えてくれる一冊だ。知性を獲得した大量の餅、子の抜け殻を貯めこむ母、美談を自動生成する装置。制約の中に果てしのない想像が凝縮されている。

〈詩を読まれるときのように、ゆっくり味わってお読みください〉と序文に記されているのは『30の神品 ショートショート傑作選』(扶桑社文庫)。星新一の唯一の弟子、江坂遊がヴィンテージともいえる三十作を選んだアンソロジーだ。ある一家の奇行を金沢弁の老婆が語る半村良の「箪笥」、若い医師が瀕死の老人からとんでもないことを打ち明けられるリチャード・マシスンの「一年のいのち」など、文字から浮かび上がる映像が頭に焼き付いて離れなくなってしまう作品ばかり。猫との会話というスタイルのあとがきも面白い。

 十五の短編を収録した『世界堂書店』米澤穂信編、文春文庫)も、巻末に置かれた短評が作品の滋味を引き出している。シュテファン・ツヴァイクの「昔の借りを返す話」は、かつての憧れの人に思いがけない形で再会した中年女性の償いを、レオン・ブロワの「ロンジュモーの囚人たち」は、幸福な夫婦の人生を支配した軛の正体を描いて深い余韻を残す。地球上のあるゲームが宇宙を激変させる、張系国の「シャングリラ」のぶっとび具合には笑ってしまった。短編の肝は結末だけではないと再確認させてくれる三冊だ。

新潮社 週刊新潮
2020年7月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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