「声を録ってもいいよ」高倉健さんのイントネーションまで甦る生々しい実感『幸せになるんだぞ 高倉健 あの時、あの言葉』

レビュー

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幸せになるんだぞ 高倉健 あの時、あの言葉

『幸せになるんだぞ 高倉健 あの時、あの言葉』

著者
谷 充代 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041088753
発売日
2020/06/02
価格
1,430円(税込)

書籍情報:openBD

「声を録ってもいいよ」高倉健さんのイントネーションまで甦る生々しい実感『幸せになるんだぞ 高倉健 あの時、あの言葉』

[レビュアー] 佐々木憲二(元・新潮社宣伝部)

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(評者:佐々木 憲二 / 元・新潮社宣伝部)

 私は学生時代から本が大好きで、新潮社に昭和45年に入社し定年まで勤務した人間です。
 特に山本周五郎が好きで、入社以来、ピーク時の周五郎の本の販促と映画化の担当として、そして一読者として全編愛読し、今でも頻繁に読み返しています。
 年齢によって受けるインパクトのテイストが変化していく、そういう作品群のように思い、周五郎の作品を健さんで映画化してもらいたいと、幾度も映画制作プロデューサーに本を手渡したこともありました。
 周五郎以外でも健さんに出て戴きたいと思う原作本はご本人にも送りました。
 するとクリーム色の上質な便箋に、「(中略)ありがとうございます。 高倉健」と記された手紙が必ず来ました。
 それは僕の宝物で全部取ってあります。

 健さんは何故、周五郎作品の映画にお出にならないのだろうか――。
 以前は、「『自分は賞を取る為に小説を書いているのではない』という周五郎の姿勢は健さんそのもの。“偏屈”さもある。きっと健さんにはまりすぎなのだろう」――その程度の解釈に留まっていました。

 時は経ち、自分が定年を迎える年になって、谷充代さんの著書『幸せになるんだぞ 高倉健 あの時、あの言葉』を手にし、生涯抱えていた疑問が氷解していきました。

 健さんは映画の撮影に入ると気に入った本をデイパックに忍ばせていました。『鉄道員』の撮影の間、周五郎の本を携帯し、その本の一節に赤線が引かれていたそうです。

身についた能の、高い低いはしようがねえ、
けれども、低かろうと、高かろうと、精一杯、
力いっぱい、ごまかしのない、嘘いつわりのない仕事をする、
おらあ、それだけを守り本尊にしてやって来た
(山本周五郎『ちゃん』)

報われない人々を励ますような映画を撮りたい……。

 この一文から健さんは周五郎を心底、敬愛していたことがわかります。だからこそ至宝には触れずに心の中にしまっておきたかったのでしょう。
 頑固で真っ直ぐで、少しばかり変わり者の健さんと周五郎――美しい出会いだと思います。

 私は健さんが任侠映画で一世風靡していた頃、大泉撮影所(東京)へ幾度も足を運びました。一年に十数本の映画に出演していた当時、スタッフの人垣の向こうに火のように熱い健さんの姿を見ました。
 そうした現場で、健さんに対するスタッフらの批判的な声を聞くこともありました。
 勘の良い健さんですから、「自分はここにいても次のステップアップは期待できない」と考え東映を去ったように思います。
 ニューフェイス時代から20年余り暮らした古巣からの独立、どんなに不安であったかしれません。
 でも、健さんは歯を喰いしばり、踏ん張り、身を捩って、『幸福の黄色いハンカチ』『八甲田山』等々で、再び見事な華を咲かせてくれました。
 その時の流れの中で感じたこと、思ったことを心の内に寝かせ、それを谷さんによるインタビュー中、無意識のうちに健さんは言葉にしていったのだと思います。
 私はこの本を、世に言われる金言集でも格言集でもない、健さんの真の言葉を綴った『真言集』と位置づけることにしました。

 無数の映画本の中でも本書は極めて個性の極だったものと確信します。
 文字通り「ワン・アンド・オンリー」の作品であり、全編で読者はその場に自分もいるようなライブ感に浸されるという幸福本です。
 併せて各場に映画のカットと思ってしまいそうな劇感もあり、健さんという人はどんな局面でも無意識のうちに自分を被写体として位置づけられる天性を備えた人なのだとも感じました。
 こうした作品は「ノンフィクション」に属しますが、ここには健さんのイントネーションまで甦る生々しい実感があります。
 私は敢えてこの本に、「ボイス・ノンフィクション」「ボイス・ドキュメンタリ―」という呼称を付けました。
 本の帯にも書かれている「健さんより託された唄のカセットテープ」の他に健さん、そして極々親しい関係者の取材テープが百本を超えるということ――。
 健さんが谷さんに「自分の声を録っていいよ」と自ら言ったというのですから、この世界で健さんを知る人であれば信じられないことなのです。
 健さんの言葉の深意を察すれば、「自分の言葉をいつかカタチにすればいいよ」という思いを含んだ言葉だと思います。
 そこに至った理由の一つとして、出版に携わる多くの人間は身銭を切ることは普通しません。特に“売文屋”という人達が増えた今はそうした取材姿勢は皆無と言ってよいでしょう。
 ところが谷さんは30代初めの頃から身銭を切って堂々と健さんを地の果てまで追いかけていったのです。健さんは自分に対する谷さんの覚悟を見抜いたのでしょう。その結果、取材テープを回すことを許してくれたのだと思います。

 以前、谷さんは比叡山の大阿闍梨である酒井雄哉(※)さんを取材し、「健さんのこと」と題した一篇を『旅の途中で』(高倉健、新潮社刊)に寄せました。本の帯にも紹介された言葉です。(※「哉」は正確には8画目のタスキなしの字形)

「あの人はお侍さんや思う。
 すべてに命懸けで、いつも刃の上を歩いているような、
 そんなお人やと思う。」

 酒井大阿闍梨は幾度も訪ねてくる谷さんを本堂のご本尊様の裏まで案内しました。そこには健さんが愛した二人の女性、お母さんと江利チエミさんの位牌が祀られていたのです。
 誰にも言わずにいたその事を知られた健さんは、「今は書かなくても、いつか必ず書く時が来る」と話したそうです。

 こうした時間の流れの中で見聞きした健さんの言葉が紡がれた今回の本を読み終えた私は、健さんにとって谷さんは単なる取材者ではなく、パートナーであったことを確信したのです。
 谷さん、長きにわたり、健さんの傍に居てくださりありがとうございました。

「声を録ってもいいよ」高倉健さんのイントネーションまで甦る生々しい実感『幸...
「声を録ってもいいよ」高倉健さんのイントネーションまで甦る生々しい実感『幸…

▼谷充代『幸せになるんだぞ 高倉健 あの時、あの言葉』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321907000687/

KADOKAWA カドブン
2020年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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