快進撃が止まらない! 深く胸に響くお仕事時代小説『江戸のおんな大工』

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

江戸のおんな大工

『江戸のおんな大工』

著者
泉 ゆたか [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041094297
発売日
2020/07/29
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

快進撃が止まらない! 深く胸に響くお仕事時代小説『江戸のおんな大工』

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。
(評者:細谷 正充 / 文芸評論家)

 新鋭・泉ゆたかの快進撃が止まらない。まずは、その軌跡を見てみよう。二〇一六年、第十一回小説現代長編新人賞を、『お師匠さま、整いました』で受賞。年の離れた夫の死により寺子屋の師匠を引き受けたヒロインの桃に、算術の才能を持つふたりの少女を加え、それぞれの生き方を描いた秀作である。そして二〇一八年に、第二作『髪結百花』を刊行。母親の後を継いだ女髪結の人生が、吉原の遊女たちと絡めて語られていた。デビュー作がユーモラスなタッチだったのに対して、こちらは重厚な読み味が楽しめた。作品の評価は高く、二〇一九年に、第一回日本歴史時代作家協会新人賞と、第二回細谷正充賞を受賞した。ちなみに細谷正充賞は、私が受賞作を決めている文学賞である。本作を読んだとき、これで決まりだとすぐに確信したものだ。

 以後、連作短篇集『お江戸けもの医 毛玉堂』で、シリーズ物も書けることを証明。『おっぱい先生』では、母乳外来の専門家を題材にして現代小説に挑んだ。このように一作ごとに、自己の物語世界を拡大している、作者の姿勢が頼もしい。また、すべての作品が、女性を主人公にした“お仕事小説”になっている点も、大いに注目したい。一貫したテーマを追求しているのだ。ここも高く評価したいのである。

 もちろん最新刊となる本書『江戸のおんな大工』も、女性を主人公にしたお仕事小説だ。主人公の峰は、江戸城小普請方の柏木家の娘。といっても柏木家は、父の伊兵衛の代で、町大工から武士に取り立てられた新参者だ。その父親が死んだが、峰の弟で跡取りの門作は、漢詩ばかり読んでいて、仕事をやる気がない。幼い頃から父の後をついて、大工仕事をしていた峰は、自分が何もできず、やきもきするだけだ。そんなとき、叔父が見当はずれの嫁入り話を持ち込んできたことで爆発。家を飛び出し、神田横大工町の采配屋・与吉の世話になり、市井の女大工として働き出すのだった。

 本書は全五章で構成されている。第一章「虎の極楽」は、峰の初仕事が描かれる。上方から江戸に乗り込んで、《ごくらくや》というド派手な料亭を開こうとしている杢兵衛。だがなぜか、炊事場の竈の火が点かない。この件を任せられた峰は、炊事場を調べたり、料亭を建てた五助という大工に話を聞き、真相を突き止めるのだった。

 この炊事場の謎を峰が解く過程が、ミステリーの様で、読んでいて楽しい。しかもそれが、風土の違う場所で商いをするには、どうしたらいいのかという難題の答えに繋がっていく。気持ちのいいラストまで含めて、冒頭を飾るに相応しいストーリーだ。

 続く第二章「猫の柱」は、商家の亡くなった姑の隠居所を売るため、峰が家の修繕を頼まれる。だが隠居所は猫屋敷と化しており、柱がボロボロになっていた。さらに、あることから姑を恨む嫁と、その旦那のいざこざが、仕事に影響を与える。仕事であるからには、クライアントがいる。自分の考えが通らないこともある。その擦り合わせをどうするのか。ここに仕事の要諦があるのだ。

 第三章「親子亀」は、やんちゃの過ぎる子供を押し込める牢を作るよう頼まれた峰が苦悩する。第四章「弟の恋」は、峰に続いて家を飛び出した門作が、女に惚れたことからやる気を出し、上方から来た大工集団・獅子丸組の一員となる。やりたくない仕事にどう向き合うか。仕事の仕方は、従来のままでいいのか。ふたつの興趣に富んだストーリーから、仕事に対する峰の姿勢が問われる。そこで提示される問題は、現代の仕事と一緒である。だからこそ物語が、深く胸に響くのだ。そして第五章「河童の家族」は、与吉一家の娘の縁で、ボケた老婆のために峰たちが一肌脱ぐ。五助と峰のコンビネーションによって造られた家に、フィクションの力を信じる門作の行動が加わり、温かな結末を迎えるのだ。どれも読みごたえのある話で大満足である。

 さらに各エピソードを通じて、ヒロインの峰と、その周囲の人々の魅力が伝わってくる。男の世界である大工の道を選び、自らの人生を切り拓いていく峰。自分の進むべき道に悩み、迷走した門作。峰が世話になる、気のいい与吉一家。腕利きの大工だが、冷ややかな性格の五助……。いつかまた、彼らに会いたいと思ってしまうのは、本書の内容が素晴らしいからだ。泉ゆたか、いい仕事をしたものである。

快進撃が止まらない! 深く胸に響くお仕事時代小説『江戸のおんな大工』
快進撃が止まらない! 深く胸に響くお仕事時代小説『江戸のおんな大工』

▼泉ゆたか『江戸のおんな大工』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000228/

KADOKAWA カドブン
2020年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク