長岡弘樹『つながりません スクリプター事件File』創作秘話「角川社長がスクリプターを主人公にしてはどうかと提案してくださった」
インタビュー
『つながりません スクリプター事件File』
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長岡弘樹の世界
[文] 角川春樹事務所
日常に生じたわずかなズレや歪みをミステリーの核として作品を書き続ける長岡弘樹。最新作『つながりません スクリプター事件File』はそんな長岡作品の魅力が凝縮した一冊だ。とりわけ注目したいのは、映画制作を巡って起こる事件を解決していく主人公の真野韻(まの・ひびき)。この新たなる名探偵の誕生に胸躍る作品はどのようにして創られたのだろうか。
長岡作品のニューヒロイン誕生
――まずは新型コロナウイルスの影響について伺いたいのですが、外出自粛などが求められていた日々はどのように過ごされていましたか。仕事に支障はありませんでしたか。
長岡弘樹(以下、長岡) こういう仕事ですから、普段から家から出ない生活を送っています。取材を数多く重ねるというタイプでもないので、影響を受けたと言えるようなことはあまりないように思います。ひたすら部屋に籠り、仕事に専念していました。
――奥様のマスク作りのお手伝いをされたとか。
長岡 あ、そうなんです。縫ったのは一枚だけなんですが、裁縫なんて家庭科の授業以来でしたから指先を何度か針で刺してしまって、痛い思いをしましたね(笑)。
――針仕事をされるお姿を見てみたい気もします(笑)。では、本題に。『つながりません』を読ませていただきました。とても面白かったです。特に主人公・真野韻の存在が鮮烈で、長岡作品のニューヒロイン誕生だと思っています。本作はスクリプターである彼女が映画の撮影を巡って起こる事件を解決していくという連作短編ですが、執筆の経緯を教えてください。
長岡 以前出させてもらった『群青のタンデム』を文庫化する際に、角川春樹社長が僕が暮らす山形まで来てくださったんですね。いろいろお話をする中で、とりわけ盛り上がったのが映画の話題でした。角川社長は映画監督でもありますし、僕も映画が大好きですから。その流れで、今度は映画の話を書かせてもらえませんかと言ったような……。ここは記憶が曖昧なんですが、確かなのは、それならスクリプターを主人公にしてはどうかと角川社長が提案してくださったんです。
――スクリプターは撮ったシーンの前後で辻褄が合わないことがないように、現場での様子や内容を記録するという仕事です。重要な役割ながら、小説などで取り上げられることが少ないこともあり新鮮だったのですが、以前から興味を持たれていたのですか。
長岡 いえ、僕もそれほど詳しいわけでもなく、映画監督の横にいて、ストップウォッチを片手に記録を取っている人というぐらいの認識でした。それで調べてみると面白そうだな、使えるなと。
――ミステリーにぴたりとハマる役柄ですよね。その韻はスクリプターならではの観察眼で真相を見抜いてしまうわけですが、感情を表に出すこともなく、淡々と事実を指摘していく。実にミステリアスで印象的なキャラクターです。
長岡 外から見える言動だけにして、彼女がなにを考えているのかは読者に委ねるようにしています。「教場」シリーズの風間教官と同じような書き方になりました。
――笑わないのも共通してますね(笑)。でも、言動におかしさを感じることがあって、徐々に可愛くも見えてきて。
長岡 そう感じてもらえたのなら狙い通りです。今回は考えて考え抜いて生まれたキャラクターではないんです。スクリプターで映画オタクで、すごい記憶力を持っていて、名探偵という役を与えるなら、こんな感じかなと。僕の中から自然に、さらっと出てきたんです。むしろ、いろいろ作り込まずに書き始めたのが良かったのかもしれないですね。
――それが一転して単なる探偵ではなかったのかと思わせる展開に。このどんでん返しには驚きました。
長岡 はい、最後に至ってドキッとさせる、そんな形になっています。
――近づけたと思っていた韻が一気に遠のく感じで、彼女の存在こそが最大のミステリーなのではないでしょうか。
長岡 そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。先ほど自然に出てきたと言いましたが、最初は単なる映画探偵というか、映画に絡めて謎を解くだけのキャラクターだったんです。実は、長編としての構想がまとまりきらないまま「ランティエ」の連載をスタートさせてしまったので、僕の中でも固まっていませんでした。でも、連載が終わった後に、あっと思いついたんですね。韻にもう一つの役割を持たせるというアイデアが。
――後付けなんですか?
長岡 ええ、そうなんです。思いついたエピソードからまずは書いていこうと。『時が見下ろす町』も今回同様に思いつくままに書いていったんですが、僕としては、こういうやり方のほうがやりやすいかなとも思います。自分でも思いつかなかったアイデアを思いつけるための手法として、ありなのかなと思っていますね。
――緻密な構想あっての作品だと思っていました。「ランティエ」が手元にある方には読み返してから、この本を読むことをお勧めしたいです。驚きが二倍にも三倍にもなると思います。単なるエピソードとして読んでいたものが大いなる伏線だったことに気付かされ、独立した短編だと思っていたものも見事に
“つながっている”。もしかして、それも考えてのタイトルですか?
長岡 いや、そこまで考えていませんでした(笑)。
豊富な映画体験が生かされている
――でも、『つながりません』は面白いタイトルですね。韻の口癖だという設定ですが。
長岡 映画関連の本を読むと、監督やスクリプター、あるいはカメラマンが「あそこはうまくつながっていたね」という言い回しで映像の出来を評価することがよくあるんですね。業界用語ではありますが、それほど特別な言葉ではないですし、親しみやすいんじゃないかと思って選びました。
――映画という題材も長岡さんの作品との親和性が高いように感じました。
長岡 本を読むより映画を見るほうが好きという人間ですから、書いていて楽しかったです。特に興味のある対象ですから、他の作品より乗って書けたかもしれないですね。
――一気読みの面白さにもがっていると思います。ちなみにどんな映画をご覧になるのでしょうか。
長岡 なんでも見ます。ホラー映画も好きですし、SF映画も大好きです、自分ではSF小説はまったく書けないんですけど(笑)。あと怪獣映画も子供の頃からものすごく好きで、もう五十を過ぎたおじさんなんですが、今でも怪獣映画は夢中になって見てしまいます。
――撮影トリックや業界用語などが謎を解く鍵にもなっていて、舞台裏を覗き見ているような楽しさも感じましたが、そうした豊富な映画体験が生かされているんですね。
長岡 今回盛り込んだエピソードの三分の一くらいは知っていたことですが。残りはいろんな文献を漁って入れた感じですかね。
――例えばどんな?
長岡 監督やカメラマンが映画について語ったものもありますが、今回は俳優さんが書かれた演技に関する本を参考にさせてもらうことが多かったですね。韻が、思いっきり笑ってからカメラの方を向くと、それが泣き顔に見えるとアドバイスするシーンがありますが、これに関しては、ずっと前に読んだときから面白いなと頭に残っていて、いつか作品に入れてみたいと思っていたものです。
――アイデアの宝庫でもあるようですね。
長岡 はい、そう思います。前から映画の撮影トリックは興味を持っていましたけど、今回書いてみて、ますます関心を深めました。ちょうど今、俳優を主人公にした作品の改稿作業をしているのですが、映画や映像を舞台にした作品というのはこれからも書いていきたいなと思っています。
――韻の再登場も期待します。では最後に、読者にメッセージをいただけますか。
長岡 名探偵というキャラクターは数多いですが、スクリプターという職業は珍しいのかなと思います。韻というキャラクターにこれまでにない新鮮さを感じて読んでもらえたら、なによりも嬉しく思います。
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長岡弘樹(ながおか・ひろき)
1969年山形県生まれ。2003年「真夏の車輪」で第 25回小説推理新人賞を受賞。08年『傍聞き』で第61回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。13年の『教場』はベストセラーとなりシリーズ化、TVドラマにもなった。他の著書に『波形の声』『白衣の嘘』『風間教場『緋色の残響』など。