ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険 コーリー・スタンパー著 左右社

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ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険

『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』

著者
コーリー・スタンパー [著]/鴻巣友季子 [訳]/竹内要江 [訳]/木下眞穂 [訳]/ラッシャー貴子 [訳]/手嶋由美子 [訳]/井口富美子 [訳]
出版社
左右社
ISBN
9784865282566
発売日
2020/04/13
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険 コーリー・スタンパー著 左右社

[レビュアー] 飯間浩明(国語辞典編纂者)

 著者はメリアム・ウェブスター社で英語辞典を担当する辞書編纂(へんさん)者(現在は退職)。ネットでは、彼女が英語について熱く解説する動画が多く公開されていて、人気があるそうです。

 国語辞典はどうやって作るか、という本はいくつか出ています(私も書いてます)。英語辞典の現場はどんな感じか知りたかったのですが、本書を読んで深く納得しました。スタンパーさんも私も同じこと考えてるなあ、と。

 辞書は一般に「ことばの番人」であることを求められますが、〈辞書はこのような主義とは働きを異にする〉と著者は明言します。たとえば、regardless(~にもかかわらず)の同義語としてirregardlessが辞書に載っています。irは否定を表すので変だ、と考える人もいます。でも、使用実態からすると、この形も辞書には必要です。著者の推測によれば、方言で強調を表わす形だった可能性もあるそうです。

 「語源妄信者」に対しても、著者は批判的な立場を取ります。たとえば、decimateは「10人に1人を殺す」が元の意味であり、「多大な害を及ぼす」の意味で使うのは誤りだという意見があるそうです。ところが、その「元の意味」は古代ローマ軍に関して使われたもので、17世紀にはすでに「多大な害を及ぼす」の意味が現れていた、と著者は指摘します。もう十分に歴史を経た用法だったのです。

 すでに定着して、人々が何の不都合もなく使っていることばを「誤り」として摘発することは、日本語でもしばしば行われます。行き過ぎた規範主義に対して、著者ははっきりと反対の姿勢を取ります。これは私も同様です。

 寂しかったのは、米国の辞書業界も、日本と同じく斜陽らしいことです。辞書編纂者は〈消えつつある種族〉とも述べられています。ネット辞書と共存しつつ、既存の辞書が広く受け入れられるためのアイデアを、著者に聞いてみたいと思いました。鴻巣友季子ほか訳。

読売新聞
2020年7月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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