星に仄めかされて 多和田葉子著 講談社

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星に仄めかされて

『星に仄めかされて』

著者
多和田 葉子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065190296
発売日
2020/05/20
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

星に仄めかされて 多和田葉子著 講談社

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 今作は『地球にちりばめられて』の続編である。北欧に留学中、「鮨(すし)の国」と呼ばれる祖国が消滅してしまったHirukoは、自分と同じ母語を話す人間を探している。彼女はまた、北欧の人と簡易な意思疎通を可能にする手作り言語パンスカの発明者でもある。

 前作では移動先の各地で協力者を得、同郷の鮨職人Susanooとついに出会ったが、母語で語りあうことはできなかった。

 『星に仄(ほの)めかされて』は、失語症を治療するためコペンハーゲンの病院に入院しているSusanooのもとへ、ヨーロッパ各地からHirukoの仲間達(たち)が集まってくる物語。出自も仕事も言語も異なる9人の声が次々に語る本作は、全知の視点を持たない群像劇である。

 ヒルコとスサノオは古事記の神々を思わせ、言語学者の卵で母親との確執を抱えるクヌートは、「ハムレット」と呼ばれる。かれらは神話的な役割を背負わされながら、あてがわれた人物像に甘んじているわけでもなさそうだ。

 多和田葉子の文学は移動し、変容する現代世界を写す鏡である。それゆえしばしば、〈ある〉よりも〈なる〉のほうが深い意味を持つ。インド出身の男性留学生で「性の引っ越し」を実践するアカッシュは赤いサリーを着て外出し、不機嫌な医師ベルマーと逃げ腰な若者ナヌークは互いの性格を交換する実験をはじめる。

 語り手たちが「鮨の国」の制度や文化にかんする伝聞を披露する場面にも変容の影が濃い。戸籍の代わりにできた「ドンマイ・ナンバー」や、「空気を読む」行為が特殊な文房具として説明される場面などは複雑な笑いを誘う。

 やがてSusanooは沈黙を破り、スサノオが天上でおこなった暴虐を連想させる言葉の狼藉(ろうぜき)で一同を責め立てる。地上に降りたスサノオがヤマタノオロチを退治するように、彼も英雄に変貌(へんぼう)するだろうか。すでに第三作の執筆が予告されているので、とても楽しみである。

読売新聞
2020年7月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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