清野とおる×松原タニシ よくぞお出でくださいました―事故物件飲酒対談―
[文] 新潮社
僕らと怪異の付き合いかた
清野 『恐い間取り2』は最初、対談に備えてゲラチェックするぞ~、くらいの軽いノリで読み始めたのですが、すぐに気持ちを持って行かれて夢中で読み込んでました。
タニシ 本当ですか。
清野 タニシさんが大阪で最初に住まわれた物件はきっとここだなって、マンションを特定していろいろ調べたりしたんですけど、やっぱりあそこ、薄気味悪いですよね。
タニシ あそこはすごいですね。
清野 もともと一階は住居フロアだったんですよね。それをみんな駐輪場にしちゃった。そこに髪の毛が散乱していて。
タニシ ホームレスが入って来たのではないかとか言われてたんですけど、オートロックで入りようがないから、どうやったのかがわからなくて。
清野 ああいう髪の毛とかって、その場で採取したらどうなるんですかね。もし「オバケの毛」だった場合、どこかのタイミングで忽然と消えたりするんですかね。DNA検査とかした場合の結果も気になるところです。
タニシ そういう発想はなかったですね。一軒目のときで、まだ甘かったな。
清野 住んでいる当時、ひき逃げにも遭ったとか。
タニシ そうです。でも、今考えたらありがたいですね。よく、そういうエピソードを残させてくれたなって。
清野 タニシさんの本を読んでいると、タニシさんは霊能力的なモノがもともとある方なんじゃないかなと思っちゃいましたね。不可思議な事象に遭遇する確率も、異常に高いですし。
タニシ 本人にはないんですけど、霊能力のある人がやたら僕に言ってくるんですよね。
清野 素質があったんでしょうね、元から。
タニシ 『異界探訪記 恐い旅』でも書いたのですが、実家が古墳の上にあったというのが後に発覚するんです。
清野 何の古墳だったんですか。
タニシ 時の権力者につぶされた側の豪族です、確か。おやじが古墳マニアで、実はこの家は古墳の上に建ってるんだ、と言い出して。つまり当時、僕は「古墳の上住みます少年」だったんです。実家は神戸の舞子というところなんですけど、古墳がめちゃくちゃある地帯で、古墳をつぶしてニュータウンを建てたような土地です。
清野 お父さんは、どのタイミングで古墳の上に建っていることを知ったんですかね。
タニシ どのタイミングなんですかね。おやじはもともとキリスト教徒で、でもキリスト教の洗礼を受けたのも本当にノリで。新聞配達をしていて、教会に配達したときにミサをやっていて、それからすごく興味を持って配達のたびにじっと見ていたら信徒たちから招かれて、そのまま参加してキリスト教徒になって。でも、おやじのおかん、僕のおばあちゃんが死んだ後、急におやじが道端で倒れて、復活したときに光が見えたらしいんですけど、本来やったら、そこでちゃんとキリスト教徒になるはずなのに、その光を受けて、今日から仏教に目覚めるって言いだして。そこからおやじ、ずっと仏教を勉強してるんです。もともとそういう変なものに興味を持つ素養があるというか。
清野 素質だけでなく、素養まであったとは。そのうえ血筋まで関わってくるとなると、今のタニシさんの生き様は全て必然な気がしちゃいますね。
タニシ そうですね。おやじの書斎には謎のファイルがいっぱいあるんですけど、福祉関係の仕事をしていたのでそういう資料かなと思ってたら、結構な量の古墳の資料。あとその街の歴史についての資料とか。だから、僕の今の仕事も血筋かもしれない。
清野 事故物件に住むようになって、その血が目覚めたっていう。
タニシ 実家の裏手に舞子墓園っていうのがあって、そこによくおやじと犬の散歩に行ってたんです。その墓園も古墳の跡なので、ちょいちょい説明書きの看板がある。それを見るたびにおやじが立ち止まって、何を読んでんねやろなってずっと思ってたんですけど、今僕も心霊スポットを回ってその由来とか見てしまうから、同じことやってるなと。
清野 芸人さんには特に不思議な体験をされている方、多いなという印象ですね。タニシさんの本にもよく芸人さんのエピソードが書かれてましたし。
タニシ 芸人はお金がないから安いところに住まざるをえなくて、都内で安いところとなったら、やっぱりおかしい、いわくがあるところとなるんでしょうね。
清野 芸人さんはそういうところに住んだほうが成功するみたいな話も耳にしたことあります。
タニシ 『東京怪奇酒』の最後のほうもそうですね。
清野 『怪奇酒』での取材を通じて思ったんですけど、前向きな気持ちで事故物件に住んで順応すると、運気が上がるんじゃないかなって。「事故物件開運法」みたいなものがあると睨んでますよ。
タニシ それ、めっちゃあると思う。
清野 タニシさんも、まさに事故物件を味方につけてますもんね。
タニシ 清野さんが『東京怪奇酒』で描かれていた方と一緒で、味方にするという発想になっちゃうんです。もうずっと住んでいるから、敵にしたら面倒だって思うようになって。その辺りからですね、怪談番組のオーディションで自己紹介しただけでカメラマンの数珠がはじけて、そのオーディションに合格したりとか。霊が空気を読んでくれるようになるんです。
清野 カラーの集合写真で、タニシさんだけモノクロで、死体のように写った写真ありましたよね。あれはどちらで撮影したものでしたっけ。
タニシ 名古屋ですね。顔が真っ黒になる。ラジオのリスナーさんと写真を撮る企画で、毎回僕の顔がそうなるんです。僕の過去のエピソード、よくご存じですね。
清野 顔認証もされないんですよね。今まで黙っていましたが、実はタニシさんのことはホラー番組の『北野誠のおまえら行くな。』で、事故物件住みます芸人として旗揚げされた頃から密かにずっと注目していて、急に風が吹いて巨木が倒れて来る話も好きですよ。女の子とデートしに行ったとき。
タニシ 事故物件に住むようになって、唯一のデートだったんですが。
清野 それでふられたんですよね。
タニシ ふられました。LINEブロックされました。
清野 女の子のほうが、一緒にいると危ないって思ったから。「私、タニシさんの霊に嫉妬されてる」って(笑)。
タニシ そうなんでしょうね。でも、木が倒れてきたら、やっぱり怖いですよ。ほんまに死にかけたから。その時はポケットというポケット全部に土が入っていて、靴下のつま先にも土が入っていて。
清野 なんでですか。
タニシ わからない。服の全部の隙間に土が入ってた。あれ、不思議やったな。
清野 あの話も聞きたかったんです。喫茶店に行ったときに、店員のおばちゃんから「あなた、入らないで!」って。後ろに女性がおぶさってると言われたんでしたよね。
タニシ そうです。京都にhideの写真ばかりある喫茶店があって、入ろうと思ったら、おばちゃんが「ちょっと入らないで、入らんといて」と。「もう、これ以上、駄目」って言われて、「なんでですか」と聞いたら、「背中に女の人しがみついてるから。ごめんなさいね、もうあなたは入れません」とかって。
清野 「お客様」なのに、言い方ってものがありますよね(笑)。もう閉店時間なんで、とか、貸し切りなんで、とか、何でも。
タニシ こちら側に飛び越えてくる人って不思議ですね。でも、清野さんの漫画は、飛び越えてくる人にがっつり向かって行くじゃないですか。すごいですよね。
清野 そういう、人間関係に疲れちゃったから、『東京怪奇酒』は、心霊系をテーマにしたんです(笑)。
タニシ 確かに、人間はフォローせなあかんから、しんどいですね。ケアせな、怒ってくるし。幽霊はフォローせんでええから、楽ですね。
清野 でも、最初は怖かったわけですよね。それが、幽霊を味方につけようと思えるようになったきっかけはあるんですか。
タニシ 幽霊も怖いんですけど、世の中のほうが怖くて。不謹慎だとたたかれると思ったんです。たたかれない方法を考えたときに、嫌がらないでいたらいいんじゃないかと。
清野 霊に対して嫌がらない?
タニシ そうです。それだと、たたいてくるやつがたたきにくい。死者や死を金もうけに使いやがって、冒涜して、とか言われても、いや、冒涜してません、友達です、と答えられる。冒涜してるのはあなたのほうじゃないの、となる。
清野 僕が「赤羽」をテーマにした漫画を描いていた頃、まったく同じような気持ちで臨んでました。
タニシ だから、お祓いとかもしない。ずっと住み続けなあかんし、もうええわ、そっち側行ったらええわって思ってますね。
清野 僕の『東京怪奇酒』はそれこそ不謹慎スタートだったんですけど、途中からは、タニシさんがおっしゃったのと同じです。やっぱりたたかれたり、面倒くさい人って世の中に一定数はいるわけじゃないですか。だったら、僕も霊に対しては、馬鹿にしているようで馬鹿にしない。基本的にあるのは友好的な気持ちで、リスペクトもある。もしよろしければお会いできたら嬉しいのですが……くらいの、下からのスタンスでいます。世の中も霊も、できればどちらも敵に回したくないし。
タニシ 回したくないですよ。世の中のたたいてくる人たちも、向き合えば、ええやつやったりすること、たまにないですか。ひどいコメントつけて来る人が、イベントに来たときにしゃべったら、めちゃくちゃええ人で。
清野 そういう人を味方につけたら最強ですよね。
タニシ そうなんですよ。幽霊もそうかなと思って。
清野 そこまでの発想は、僕にはなかったです。
タニシ たたいて来たり、意地悪してくる人、ほんまに面倒くさかったら無視するんですけど、ちょっと改善の余地があるなと思ったら、味方にしてしまえば解決する。京都の天津神社に、幽霊が見えると言って錯乱状態の人を連れて行ったときに、その神社の巫女さんが、「そいつらは雑魚だから相手しちゃ駄目」って。「あなた、生きてるでしょう。生きている人間のほうが強いの。だから、そんなごちゃごちゃ言ってくる霊の言葉とか、雑魚だから。あいつらそれぐらいのことしかできないから」という巫女さんの言葉を聞いたときに、ネットの言葉も雑魚やな、幽霊と一緒かなと思って。そう考えたら相手もせんでええし、逆にネットの人らって、ちょっとしたことで味方になったりするから、幽霊もちょっとしたことで味方にできるんかなっていう発想になった。
清野 そうそう。これだけは聞いておきたかったんですけど、今、この時点で、幽霊がこの世に存在する可能性って、タニシさんの中で何パーセントですか?
タニシ 何パーセントやろな。幽霊を何と捉えるかの話になってくるんですけど。
清野 この世ならざるもの、ですね。別に幽霊以外の妖精でも妖怪でもいいですけど、現代において非科学的とされてるモノです。目に見える見えない抜きにして。今の時点でタニシさんがどのくらい信じているのかなというのが、ずっと気になってたんですよね。
タニシ 自分目線だったら、存在するか、せんかやったら、すると思うんですよね。他人の話だったら、それ幻覚だなとか、気のせいだなとか、いっぱいあるんですけど。科学的じゃないですけど、そのタイミングで電気が消えるかとか、テレビがつくかとか、電気機器の話になってくると信じざるを得ない。
清野 電気系統の異常って多いんですよね。幽霊をはっきり実体として一度でも見ることができたら話は早いんですけど、電気系統で来ますよね。
タニシ 来ます。清野さんも、自分に起きたこととして、そういう人ならざるものの存在を信じている。
清野 そう。それが霊か何かはわからないんですけど、何かいるな、あるなというのは、ほぼ100パーセントですね。『東京怪奇酒』を描く前から、何かしらあるのかなとは思っていたんですけど、本格的に取材をするようになってからは、やっぱり何かあるな、この世には、という気持ちになりました。
タニシ それを、恐怖より受け入れる側にだんだんなってきたという感じですか。
清野 最近は、怖いんだか何だかもよくわからなくなってきちゃったんですよね。怖いイコール楽しい、じゃないですけど。
タニシ でも、そうなんですよ。可能性が広がるというか、こんなことが起きるんやったら、超能力もあるかもしれんし、異世界もあるかもしれんし、と思う。ファンタジーが現実にあるんなら、そこに逃げられるなっていうわくわく感もあります。
清野 もうタニシさん、完全にファンタジーの世界にいらっしゃるじゃないですか。
タニシ 京都の巫女さんに言われたんです。障子を例えに出されて、普通の人は障子の一マス、これが見えている世界。霊感がある人は二マス、普通の人が見えないものも見える。巫女さんとか、もともと見える人は、何マスも見えちゃうんだけど、僕は見えるようになったんじゃなくて、本来見えないものたちのマスにいるのって。そうか、僕は向こう側にいるんやって。
清野 数年前からおぞましい事故物件を転々として、結果、亀梨和也君主演で映画化されるところまで来て、ファンタジー以外の何物でもないですよね。
タニシ この間、その試写を観せてもらったんですけど、めっちゃ面白いなって思いながら観てて、終わってから気付いた。自分の話やったっていうのに。
清野 ファンタジーじゃないですか。
タニシ 客観視できてないんですよね、自分のことを。「大丈夫かな、亀梨さん、無理したらあかんで」とか思いながら観てて、「そうか、これ、元のエピソード、僕や」と後で気付く。不思議ですね。それはほんまに事故物件ドリームですね。
清野 事故物件ドリーム。聞いたことない(笑)。
タニシ でも、ここから欲を出した瞬間に、思いっきり殺されると思います。