主人を殺し将軍を暗殺し、大仏殿を焼いた「悪人」を描く

レビュー

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じんかん

『じんかん』

著者
今村 翔吾 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065192702
発売日
2020/05/27
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

主人を殺し将軍を暗殺し、大仏殿を焼いた「悪人」を描く

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 すばらしい小説に出会ったとき、余りに嬉しくなって、それをためつすがめつしていると、とんでもない不覚をとる場合がある。私の場合、それが『じんかん』だ。この書評の締め切りが十三日、そして掲載が翌週二十二日発売の本誌。が、何故、不覚かというと本書が直木賞の候補となっており、両日の間にはその選考会がある(十五日)からだ。だが、何を臆することやあらん。たとえ結果がどうであろうと、私の直木賞は『じんかん』以外にはない。

 物語は主人を殺し、将軍を弑逆(しいぎゃく)し、東大寺の大仏殿を焼き払った松永弾正―戦国きっての極悪人と伝えられる人物だ。そして本書は一篇の歴史小説故、作中で歴史の改変はあり得ない。ましてや、ひと頃流行した、悪人を逆説的善人としてとらえる小手先の技巧的な描き方など微塵もない。それでいて、前述の三悪を行った弾正の“人間”を整合性をもって活写している。そもそも題名の“じんかん”が、仏教用語の“人間”、すなわち、人と人とが織り成す間、つまりは“この世”という意味なのだから。そうでなければ、題名に偽りありということになってしまう。

 弱肉強食の戦国時代、何人もの仲間を喪いながら、九兵衛(くへえ)(弾正)・甚助(じんすけ)兄弟らは、命からがら、摂津・本山寺に身を寄せる。そして兄弟は宗慶(そうけい)和尚のつてで、三好元長(もとなが)のもとへ――。

 作中、元長は、人間界は善悪の坩堝(るつぼ)であり、そこにある日、武士(もののふ)という修羅が生まれたと説く。その修羅を断ち切るために元長が最後にいう一言。これにはやられた。まただ。前作の『八本目の槍』のときもそうだったが、今村翔吾は、腹にこたえる一言で、何度、私から批評する心を奪えば気がすむのだ。

 この段の終わりが一八三ページだが、ここまでくれば、約五〇〇ページの大部の一巻は、間違いなく一気読みだ。現代の“じんかん”にも思いを馳せさせる傑作といえよう。

新潮社 週刊新潮
2020年7月30日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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