ねじれた自虐とユーモアで笑わせてくれる 太宰治『きりぎりす』

レビュー

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きりぎりす

『きりぎりす』

著者
太宰 治 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101006130
発売日
1974/10/02
価格
649円(税込)

書籍情報:openBD

ねじれた自虐とユーモアで笑わせてくれる

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

今回のテーマは「休暇」です

 ***

 1940年11月、新潟の高等学校で講演をした太宰治は、翌日、佐渡へ行く。その旅行記の形をとった小説が「佐渡」(『きりぎりす』所収)。

〈佐渡は、淋しいところだと聞いている。死ぬほど淋しいところだと聞いている。(中略)私には天国よりも、地獄のほうが気にかかる〉

 いかにも太宰らしい旅の理由だが、この小説、深刻な方向には進まない。ねじれた自虐とユーモアで大いに笑わせてくれる。

 出港して1時間後、甲板に出た太宰は、岸がすぐそこにあることに気づくが、船はそのまま通り過ぎる。ではあれは佐渡ではないのか。だが新潟の近くにある島は佐渡だけのはずだ――。

 混乱する太宰は、しばらくして前方に〈大陸の影〉らしきものを認める。あれは満洲ではないか、と思う場面は何度読んでもおかしい。当時の読者も「そんなわけないだろ!」と突っ込みを入れたことだろう。

 佐渡は工の字をひっくり返した形をしており、最初に通り過ぎたのが短い方の横棒で、満洲かと思ったのは、長い方の横棒に当たる部分だったのだ。

 上陸してからも、自意識が空回りするばかりで、見るもの聞くもの味気ない。

〈佐渡は、生活しています。一言にして語ればそれだ。なんの興も無い〉

 そして太宰は、旅とは〈見てしまった空虚、見なかった焦躁不安〉であり、人生もまた同じではないかという結論にたどりつく。ここまで笑いながら読んできた読者が、ふとわれに返って真顔になる瞬間である。

新潮社 週刊新潮
2020年7月30日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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