「佐々木譲バージョン5.0宣言から3年――今なお作風の幅を広げ、時間ものSFに挑む理由とは?」 『図書館の子』著者新刊記念インタビュー 佐々木譲

インタビュー

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図書館の子

『図書館の子』

著者
佐々木譲 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913557
発売日
2020/07/18
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『図書館の子』著者新刊記念インタビュー

[文] 西上心太(文芸評論家)


●二〇一七年日本ミステリー文学大賞受賞スピーチ時

――佐々木さんは三年前の二〇一七年に、第二十回日本ミステリー文学大賞を受賞されましたが、その時のスピーチで〈佐々木譲バージョン5・0〉と宣言して、SFやファンタジー、戯曲などにも挑戦して、作風の幅を広げていきたいと語っていたのが印象的でした。

佐々木 バージョン1・0がバイク小説など青春もの、2・0がハードボイルド・冒険小説、3・0が歴史・時代小説、4・0が警察小説という位置づけです。

――その言に違わず、日露戦争に敗れた本を舞台にした『抵抗都市』が昨年末に刊行され評判を呼びました。

佐々木 連載が始まる前に、こういう構想の作品をやりたいと言ったら担当者が相当面食らっていました。殺人事件が起きて刑事が捜査をする話だと強調して、ようやく連載させてもらえました。あの作品は歴史改変小説だと思っていたら、SF批評の世界ではもっと厳密な定義があり、歴史そのものを変えようとするのが歴史改変小説というそうです。『抵抗都市』のように、歴史がすでに変わっていて、その中でストーリーが展開する話は改変歴史小説というらしい。

――なるほど。歴史のifを描くあのようなタイプの作品は、歴史を考える上での思考実験でもあると思いました。

佐々木 SFはおおむねそういうものですよね。思考実験をするために意外な設定を持ってくる。逆に言えば、意外な事件や意外な前提を設定することで、何が起こるのかという思考実験をする。そのための様式としてSFというジャンルがあるんだろうと考えていました。そういう意味では『抵抗都市』はまさに思考実験の小説でした。

――SFの手法を使った第二弾である本書『図書館の子』はタイムトラベルを扱った作品集になりました。巻頭の「遭難者」は昭和十二年、盧溝橋(ろこうきよう)事件二週間後の東京から始まります。照明弾のようなまばゆい光が隅田川(すみだがわ)に落下し、川面(かわも)から全裸の男が助けられ、築地(つきじ)の大病院に運ばれます。これと対比するように巻末に置かれた「傷心列車」は、張作霖(ちようさくりん)爆殺事件の三年後にあたる昭和六年の大連やハルビンが舞台となります。どういう時代であり、この後どうなるのかを知っている立場の読者としては、作品の背景から剣呑な雰囲気が漂ってくるのが感じ取れます。

佐々木 『武揚伝』や『ベルリン飛行指令』から始まる大戦三部作など、幕末から第二次大戦まで書いてきましたが、戦争とファシズムというのが、一番気になっているテーマなんです。時間ものSFを書いても、あの時代を取り上げることが多くなったのは、それが理由かと思います。

――「地下廃駅」は佐々木さんと縁が深い上野公園や谷中(やなか)近辺が舞台で、廃駅へと続く通路が物語の鍵になっています。

佐々木 現在は京成(けいせい)上野駅の次は日暮里(につぽり)駅ですが、かつてその間に博物館動物園駅と寛永寺坂駅という二つの地下駅がありました。前者は駅舎が保存されています。数年前に内部が公開されたおりに見学に行き、その時にもう一つ先にあった廃駅を利用して何か書きたいと思いました。


佐々木譲さん

――表題作は全体主義国家らしき国の話です。平和なタイトルとは裏腹に、将来の危うい行動が暗示される内容です。

佐々木 詳しく述べるとネタバレになりますが、これはどちらかというと、タイムループものです。吹雪の夜の図書館のイメージ、少年の前に現れた不思議な中年男との一夜。男は、晋(しん)の刺客・豫譲(よじよう)の物語を少年に語ってくれた、という話ですが、時代も場所も明示していませんし、この短編集の中ではいちばん幻想性が強い作品かもしれません。わたしは司馬遷(しばせん)「刺客列伝」の中でこの豫譲が好きで、主題を伝えるエピソードとして、この逸話を使っています。

――「錬金術師の卵」は十六世紀のイタリアと現代が関わるという、ちょっと変わった物語ですね。

佐々木 あのころは錬金術が盛んでした。当時の人類が持っていた科学ではできないことをやった錬金術師がもしいたとしたら、というアイデアから生まれた作品です。

――「追奏ホテル」は取材が生きた作品とうかがいました。

佐々木 大連とハルビンにある旧ヤマトホテルが舞台になります。取材に行った際に両方に泊まりました。大連はそこそこきれいですが、ハルビンは古くて陰気で何か出てきそうな部屋で、スティーヴン・キングの『シャイニング』を思い出しました。建物は魅力的なので何かの形で書けないかと思ってました。

――ゴーストストーリーめいた話で、幽霊ホテルというテーマのアンソロジーに入っていてもおかしくないですね。

佐々木 作品に流れる怖さというのは、ホテルが古かったり、曰くがあるからではなく、一九三〇年代という時代の怖さなんですね。あの時代に行ってしまって取り残されてしまったら、という時代の恐怖です。

――巻末の「傷心列車」ではタイムトラベラーたちの目的もほのめかされますが、実は恋愛小説でもあって、じんわりと心にしみる読後感が得られます。

佐々木 時間ものSFはハードボイルドや私立探偵ものと一緒で様式性があります。その様式を知っている読者が、佐々木がその様式をこういう風にひねって投げてきたぞと、ニヤニヤしてもらいたいということを心に留めて書きました。タイムトラベラー側からは書かずに、彼らと遭遇した者の側から書くという手法を取りました。

 日本が戦争にのめり込んでいく、それを阻止しようとする使命感を持った男たちの話を書けないだろうかという構想はありました。しかし当時の満洲が舞台の作品例は多いし、ストレートに書くと似たものになってしまうかと。そのためあるミッションを持った者たちと遭遇した市民たちの話にしたのです。でも三〇年代の大連って、舞台としてとても魅力的なんですよね。それに満洲鉄道も。なので逆にロマンチックな時間SFとして書いたのが「傷心列車」です。

――タイムトラベルものだとタイムパラドックス問題がつきものですが。

佐々木 SFは好きですがハードSFは肌に合いません。ましてや厳密なタイムパラドックス問題は私の手に余ります。私が書きたいものや読んでもらいたいのは、パラドックスを解明するためのロジックや、整合性の工夫ではありません。そういうところを書かずに済むような作品内容にしています。

――小学生のころから少年少女文学全集を読破し、中学生からは父親の文学全集を読むなど、幅広い読書体験をお持ちであると以前うかがいましたが、SFとの出会いは。

佐々木 実はけっこう読んでいたなあと最近思い出しました。ハードボイルドや冒険小説は社会人になってからで、十代は小松左京や筒井康隆はもちろん、「SFマガジン」も図書館で借りて読んでいました。エンターテインメント小説という言葉はまだありませんでしたが、SFという言葉は意識しないで、とにかく面白い小説という意識で読んでいました。くり返しになりますがハードSFは苦手で、ジャック・フィニィ、レイ・ブラッドベリなどファンタジー寄りのSFが好きです。スティーヴン・キングの『ファイアスターター』や『11/22/63』も私の中ではSFで、非常に好きですね。

――本書はバラエティに富んだタイムトラベル作品集として出色でしたが、これからもSFの要素が入った作品は書き続けるのでしょうか。

佐々木 新型コロナウイルスで世界中が大変なことになっていますが、これまでSF作家が書いてきた異星人の侵略ものはこういうことだったのかと思うSFファンは多いはずです。リチャード・マシスン『地球最後の男』も疫病ものですが、あのあたりのテーマもこれから書きたい世界です。それと二十世紀初頭から一九三〇年代にかけてのアジアの歴史ですね。史実という枷を外せばもっと書けるのではないか。SFという手法を使うことで、題材やテーマが大きく広がったのではないかと思っています。

光文社 小説宝石
2020年8・9月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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