『ふるえるからだ』
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深い森をさまよう
[レビュアー] 大西智子(作家)
家族と交わるところを、想像したことがあるだろうか。交わる、というのは、この場合性交のことである。ふつうは、ない。まあないだろう。あってもないと答える。なぜなら想像するだけでおぞましく、罪深い気分になる。想像しようとしても脳にストッパーがかかる。しかし私は今回、そのストッパーをとりはずして考えてみたのだ。家族と性交する、ということが、どういうことなのか。
とかく近親姦については、話題にのぼりにくい。当然、そんなことはありえないし、あったとしてもひた隠しにすることだとみなが心得ている。だから表には出てこないが、秘された数は世間の人が思っている以上に多いともいう。小説のなかでも触れたが、家族との婚姻を規制する法はあっても、性交を規制する法はない。
近親姦と聞いて、たいていの人は嫌悪感を覚える。ではその嫌悪感は、どこからくるのか。そんなことを真面目に考えたことがある人はどれくらいいるのだろう。だめなものはだめ、無理なものは無理としか認識していない人がほとんどなのではないか。
この小説を書く少しまえ、試しにネットで近親姦について検索してみた。すると出るわ出るわ、アダルトサイトが。一般的にはタブーとされ、忌避されていることが、これだけ多いのはどういうことだろう。もちろんフィクションである。フィクションだから楽しめる。しかしどこかで、家族との交わりを求める気持ちが、多くの人の心のなかにあるのだろうか。私にも家族がいる。考えるも恐ろしいことだ。しかしその恐ろしいことを、ごく真面目に、正面から、考えてみたのだ。けっして楽しい作業ではない。不快な身体感覚をともなう。じめじめした深い森をさまようようなものだ。
だがそうすることで、この小説を書くことができた。結果、生々しい物語ができあがった。深い森をさまよった軌跡を、ぜひたしかめていただきたいと思う。