ヤクザときどきピアノ 鈴木智彦著

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ヤクザときどきピアノ

『ヤクザときどきピアノ』

著者
鈴木智彦 [著]
出版社
CCCメディアハウス
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784484202075
発売日
2020/04/01
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

ヤクザときどきピアノ 鈴木智彦著

[レビュアー] 通崎睦美(木琴奏者)

 著者は、暴力団の資金源である密漁ビジネスを追った前作『サカナとヤクザ』を5年がかりで書き終えた高揚感の中、何の気なしに映画を観(み)た。そこで流れたポップ・グループABBA、1976年のヒット曲「ダンシング・クイーン」に、「なぜか」魂を奪われ<ピアノでこの曲を弾きたい>と、突然ピアノを始める。

 本書は、52歳の初心者が、ピアノ教室を選ぶところから、1年後の発表会で「ダンシング・クイーン」を弾ききるまでを書いたピアノ・レッスン体験記。

 まず、名ピアノ講師レイコ先生との出会いが大きい。ライター稼業で培った勘と、人を見抜く力で見つけた。ただ、先生探しの段階では、レッスンというサービスを受ける消費者といったイメージがぬぐえない。しかし、最初のレッスンで先生が試奏してくれたリストの「ラ・カンパネラ」に衝撃を受けたところから変わっていく。先生の、そして音楽の魅力に目覚め、<俺の語彙(ごい)は裏・闇・黒という三文字の裾野に偏っている>と明言していた強者が、ひたむきで可愛(かわい)らしい生徒さんになっていくのだ。

 発表会の前には、本番を見据えての練習を重ねるが、他人の気配を感じるだけで演奏が乱れてしまう。メンタルが弱いことに気づき<二十年以上、暴力団に脅され続けた経験は無意味だったということか>と嘆くなど、随所にこれまでの取材で体験した修羅場が感じられ、くすっと笑える。

 <メロディーを一小節ごとに分割し、それぞれを丁寧に練習していくと、曲の中にたくさんの美しさが隠されていることに気付いたのである>。この一文は、プロの音楽家にも進言したい内容だ。本書から感じ取れる音楽に対する感性と、ユーチューブで公開されている発表会本番の動画を合わせみれば、私は「鈴木智彦は、まだまだ伸びる!」と断言できる。是非、ピアノを一生続けていって欲しい。

 ◇すずき・ともひこ=1966年、北海道生まれ。ジャーナリスト。著書に『サカナとヤクザ』『ヤクザと原発』など。

読売新聞
2020年7月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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