ナチスが恐れた義足の女スパイ ソニア・パーネル著 

レビュー

4
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ナチスが恐れた義足の女スパイ

『ナチスが恐れた義足の女スパイ』

著者
ソニア・パーネル [著]/並木 均 [訳]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784120053078
発売日
2020/05/20
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

ナチスが恐れた義足の女スパイ ソニア・パーネル著 

[レビュアー] 仲野徹(生命科学者・大阪大教授)

 義足の女スパイ、カバーの写真を見たらなかなかシャープな美人である。第2次世界大戦中、ヴィシー政権下のフランスで大活躍した米国人諜報(ちょうほう)部員ヴァージニア・ホール。いったいどのような活動がナチスを激怒させたのか?

 映画での女スパイというと、アンジェリーナ・ジョリーみたいに派手な女優が豪快なアクションで暴れ回る。だが、そんな役回りを期待してこの本を読むとがっかりする。リアルなスパイにとって最大のリスクは身元がばれてしまうこと。目立たない日常こそが生命線だ。

 レジスタンスによる破壊・攪乱(かくらん)工作への支援がホールの任務だった。二重スパイが暗躍する中、ちょっとした不注意による情報漏れが仲間を死に追いやる。ゲシュタポの捜査にひっかかれば命を奪われること必至、それに女性だ。どんな陵辱を受けるかわかったものではない。

 そんな緊張の中、「足を引きずる夫人」と名付けられたホールは、諜報活動の中心人物として、精神を極限まですり減らしながら危険度の高い作戦に従事し続けた。気の毒なことに、無能な上司や同僚にしばしば翻弄(ほんろう)された。覚醒剤に頼りつつもパリ解放まで生き延びることができたのは奇跡的だったとさえ思えてくる。

 収容所の捕虜たちにまで逃走用の物資を届けたという事実には驚きだ。おかげで連合国軍兵士たちは無事に脱出できた。その描写は、まるで往年の名画『大脱走』のようだ。

 「A Woman of No Importance」が原題。女性であったがため、雇い主の英国特殊作戦執行部からも米国戦略事務局からも重要な人物と認められることはなかったホール。オスカー・ワイルドの同名戯曲は「つまらぬ女」と訳されているが、ホールは完全に真逆の女だ。

 なにが彼女をそこまで駆り立てたのか。そして、なにが彼女を満足させていたのか。大興奮の1冊、凄腕(すごうで)の女スパイが残していった宿題を考えながら読み終えた。並木均訳。

 ◇Sonia Purnell=英の伝記作家・ジャーナリスト。ジョンソン英首相を描いた『Just Boris』でデビュー。

読売新聞
2020年7月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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