物事には悲劇も喜劇もないという声が響き渡る作品集

レビュー

4
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蜜のように甘く

『蜜のように甘く』

著者
イーディス・パールマン [著]/古屋 美登里 [訳]
出版社
亜紀書房
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784750516455
発売日
2020/05/26
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

物事には悲劇も喜劇もないという声が響き渡る作品集

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 一口に短編と言っても、一編に込められる時間の幅には大きな差がある。たとえば、村上春樹の訳で知られるレイモンド・カーヴァーは、扱う時間が短く、あるシーンがすぱっと切り取られることが多い。

「現存するアメリカ最高の短編作家」と讃えられるイーディス・パールマンの場合は、時間の幅が充分にとられ、一行にその流れを凝縮させて積み重ねていく。核となるのは人間関係だ。秘められた男女関係を、秘められたままに描き、どの関係にも悲劇は訪れない。というか、悲劇として描かないのだ。

「従妹のジェイミー」は、年に一度開かれる泊まりがけの会議で、高校教師のファーンが、自分の従妹で同じく教師をしているジェイミーの過去の不倫関係を、同僚のバーバラにもらす話だ。話の最後にファーンが口にする「ものすごく運のいい人っているのよね」という一言が効いている。不倫した本人は少しも運がいいとは思っていないが、他人から見ればそうとしか表現できない。

 一方、「石」では期限付きの三カ月の期間が描かれる。夫に先立たれ、ニューヨークで独り暮らしをするイングリッドは七十二歳。未だ男性に関心があるし、魅了する意欲も充分だ。

 甥に頼まれて、仕事を手伝うために南部の田舎町にむかう。甥夫婦と彼らの一人娘との四人暮らしがはじまると、意外にも居心地がよい。

 とりたてて出来事らしいことは起きず、好奇心は強いが分別ある彼女の人生観が、随想のように語られていく。著者自身の声を反映しているかのようだ。

 表紙の写真は著者の横顔である。一九三六年生まれだから、今年八十四歳。実生活で、小説で、映画で、あらゆる人間関係を見てきたはずだ。長い目で見れば物事に悲劇も喜劇もないのです、という声がどの作品にも響き渡る。変化の瞬間をとらえる眼が異様なほど鋭い。

新潮社 週刊新潮
2020年8月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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