没後10年に生涯の友が明かす「井上ひさし」と過ごした50年

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心友

『心友』

著者
小川荘六 [著]
出版社
作品社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784861828119
発売日
2020/06/30
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

没後10年に生涯の友が明かす「井上ひさし」と過ごした50年

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 今年は作家・劇作家の井上ひさしの没後10年にあたる。本書は親友の筆による「素顔の井上ひさし」だ。

 昭和31(1956)年、著者は入学した上智大学文学部外国語学科のフランス語科で井上と出会う。二人はすぐに親しくなり、やがて井上が言うところの「心友(しんゆう)」になっていく。以来、54年間の長い付き合いが続いた。

 学生時代、井上を中心とした「上智の仲間たち」は遊んでばかりいたそうだ。すでに浅草フランス座の文芸部員や放送作家の仕事で忙しかったはずの井上が、麻雀、映画、ビリヤード、そして飲み会などにも必ず参加していたというから驚く。しかも井上自身は麻雀をしないのだ。当時の大学を舞台とした連作集として『モッキンポット師の後始末』がある。S大学(上智大の英語名はソフィア)のカトリック学生寮に住む貧乏学生3人組が、仙台の孤児院出身の「ぼく」を中心に、生きるための悪知恵を働かせていく。だが、最後には必ず失敗し、フランス人の指導神父が後始末に奔走するユーモア小説だ。本書には、モッキンポット師のモデルは自分だと語っていたポール・リーチ神父も登場する。

 井上は著者と共に年間百本もの映画を観た。帰り道で映画評の議論となるのが恒例だが、『灰とダイヤモンド』では衝撃が大きくて、互いに無言だったという。この無言でいられる関係、その距離感こそ、二人が「生涯の友」として過ごせた秘密ではなかったか。井上が多忙な作家になろうと、何度転居を重ねようと、友情は変らないままだった。

 1991年4月、井上は母校で講演を行っている。「大学で必要なのは、学問の中身ではなくて、そこで誰にあったか、誰と友達になったか、誰と付き合ったか、そして、自分の人生を生きて行くための新たな基本的な姿勢といいますか、(中略)それを培っていく」ことだと話していた。井上版「私の大学」である。

新潮社 週刊新潮
2020年8月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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