外交官の文章 もう一つの近代日本比較文化史 芳賀徹著 筑摩書房

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外交官の文章

『外交官の文章』

著者
芳賀 徹 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784480861191
発売日
2020/06/25
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

外交官の文章 もう一つの近代日本比較文化史 芳賀徹著 筑摩書房

[レビュアー] 鈴木洋仁(社会学者・東洋大研究助手)

 今年2月、米寿にて生涯を閉じた著者による遺作は、その集大成として、これ以上ないほどふさわしい。重厚な読書の喜びをもたらす。

 日本の文学と文化それぞれを「外からの眼(め)」により比べ、つなげる「比較文学比較文化」という新しい学問を著者は打ち立てた。本書は、その本領が輝く。日本と海外の交流にかかわった文章をじっくり読み、文学史と文化史の両方に位置づけ、近代への読者の理解を深める。

 『外交官の文章』といえば味気ない報告文を思い浮かべるかもしれないが、それは違う。本書で扱うのは、英国の初代駐日公使ラザフォード・オールコックに始まり吉田茂と彼の妻・雪子に至り、詩人にして駐日フランス大使でもあったポール・クローデルも含まれる。多くは漢語まじりの文語体で、安易にカタカナを使わない教養に富み、言語感覚の鋭さを見せる。

 だから著者は、「面白い」「少しも難渋するということがない」と味読する。そんな著者が彫琢(ちょうたく)した美文による解説に導かれ、読者は幕末から日米開戦前夜までの約80年間をめいっぱい追体験できるだろう。

 例えば久米邦武の編んだ『特命全権大使米欧回覧実記』の読み解きから、岩倉使節団が世界各地で重ねた観察と洞察を知る。教科書で習う富国強兵・殖産興業といった標語がどれほどの努力に支えられていたのか。ありきたりな知識を超え、歴史を文学としても味わえる。

 日清戦争後の三国干渉をめぐって陸奥宗光が『蹇蹇録(けんけんろく)』で述べた「他策なかりしを信ぜむと欲す」に続く本書の記述は、あまりにスムーズで原著をすらすら読んでいる気にさせる。

 洒脱(しゃだつ)な装丁から的確に配された図版、ご遺族の末文まで絶妙にまとめた編集の手腕も光る。明治後期に日英同盟を成功させた林董(ただす)への著者の賛辞を借りるなら、「愚鈍な歴史学者、社会科学者にはまねのできない文学的手腕」が実を結んだ稀有(けう)な一冊を、心ゆくまで堪能したい。

読売新聞
2020年8月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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