『帝国軍人 公文書、私文書、オーラルヒストリーからみる』
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【聞きたい。】『帝国軍人 公文書、私文書、オーラルヒストリーからみる』
[文] 磨井慎吾
■当事者の生々しい感情伝える
75回目の「終戦の日」がまもなく来る。存命の従軍経験者も軒並み90代以上の高齢となり、直接の戦争体験を聞くことはもはや難しい時代となった。
「近年、伝えることの難しさを改めて感じています。戦争を知らない人間が、もっと知らない人に伝えるわけですから」
そう話すのは、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長で、海軍史研究の第一人者として知られる戸高一成氏。『独ソ戦』などで知られる現代史家の大木毅氏との共著である本書は、平成最後の8月15日に弊紙文化面に掲載された対談の拡大版だ。
昭和後期に帝国陸海軍の将官から幕僚、下士官兵まで数多くの旧軍人に話を聞き、戦史調査に携わってきた2人が、戦史の空白を埋める貴重なエピソードや戦後も尾を引いた陸海軍の組織特性や人間模様、そして残された史資料の読み方について、縦横に論じる。
「最近でも立派な研究はもちろんありますが、やはり活字の記録だけを見て書く難しさも感じますね。ニュアンスや空気感をつかめていない場合がある」
いま前大戦のことを調べるには残された記録に頼るしかないのだが、当時の文書は作成過程で都合の悪い部分は当然修正されるし、戦後の回顧も事実通りとはかぎらない。成立事情を知らずにただ史料に当たっただけでは、見当違いの結論を出してしまいかねない。
「たとえば豊田副武連合艦隊司令長官の部下だった元海軍中佐に聞くと、朝から晩までガミガミやられて仕事にならなかった、頭の中は子供みたいなやつだった、と酷評するわけです。ところが、この中佐の回想録ではそんな本音は一言も書かず、きれいな記述になっている」
活字にする際にそぎ落とされるそうした生々しい感情は、当事者からしか得られない。その情報を後世に伝えることが「中継ぎの世代」の責務だと穏やかに語った。(大木毅共著/角川新書・900円+税)
磨井慎吾
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【プロフィル】戸高一成
とだか・かずしげ 昭和23年、宮崎県生まれ。財団法人史料調査会理事、昭和館図書情報部長を経て平成17年から現職。昨年、編著書『[証言録]海軍反省会』全11巻で菊池寛賞。