• 事件持ち
  • 家族じまい
  • 評伝 関寛斎 1830-1912
  • JC地形で解ける! 東京の街の秘密50 改訂新版
  • 老人と海

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川本三郎「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 ミステリ小説では多くの場合、事件を追う新聞記者はその他大勢の役割しか与えられていない。

 それに対し、新聞記者出身の伊兼源太郎の『事件持ち』は殺人事件を取材する若い記者が主人公で、その内面の苦悩が描かれる。

 千葉県で連続殺人事件が起きる。大手新聞の支局で働く入社二年目の記者が事件を担当する。

 取材先で新聞記者は嫌われる。被害者の遺族からは「それでも人間か」と拒絶される。非情に徹して取材するか、立ちどまるか。

 通常のミステリのように単に犯人逮捕で終らない。

 若い記者の職業倫理に関わる葛藤が胸を打つ。

 桜木紫乃は出身地である北海道を離れることなく、北の地で生きる市井の人々を堅実に描き続けている。

『家族じまい』は、ある家族をめぐる連作小説。

 認知症になった母親。その世話を誰がするのか。姉か妹か。それぞれに家庭があるから難しい。

 桜木紫乃の筆致は周縁の人間を描くとき特に冴える。本書で強い印象を残すのは温泉旅館で仲居として働く老女。一人で「元気に死ぬ」ことを考えている。そのための貯えも出来た。

 一人で生き一人で死んでゆく。市井には無名であっても強い一個人がいることを思い知らされる。

 明治時代、北海道に理想郷を作ろうとした、こういう人間がいたのか。

 元北海道新聞記者、合田一道の『評伝 関寛斎 1830-1912』には蒙を啓かれた。

 司馬遼太郎が『街道をゆく』で紹介しているという。知らなかった。

 江戸から明治にかけての医師。房総に生まれ、長崎で蘭学を学んだ。徳島藩の藩医にもなり名声を得た。

 しかし、「医は仁」の考えから、七十歳を過ぎて北海道開拓を決意。現在の陸別町で理想の共同体を夢見て農場を開いた。

 雄大な医師の存在に驚かされる。現在、陸別町では彼を顕彰しているという。愛されていたことが分かる。

 近年、東京を地形から読み解く試みが盛んだ。

 内田宗治は、鉄道に詳しく、東京の地形にも精通しているこの道の第一人者。

『地形で解ける! 東京の街の秘密50 改訂新版』も教えられるところが多い。

 例えば、徳川家康が豊臣秀吉の命で当時の辺境、江戸の地に追いやられた時、不遇と思われた。

 しかし起伏に富んだ台地があり川があり、家康は江戸が地形的にすぐれた土地だと気づき、城づくり、町づくりをしていった。地形で読み解くことの面白さ。

 高見浩は近年、ヘミングウェイの作品を次々に翻訳している。新訳『老人と海』も簡潔強靱な訳文がみごとで「漁師は老いていた」の冒頭から一気にひきこまれる。

 解説、翻訳ノート(註)も充実している。

 特に老人がアメリカ野球が好きで、野球への愛着がこの作品の底流にあるという指摘は面白い。

新潮社 週刊新潮
2020年8月13・20日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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