中江有里「私が選んだベスト5」 夏休みお薦めブックガイド

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中江有里「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 レティシア・コロンバニ『彼女たちの部屋』。百年の時を隔てたパリ、二人のヒロインの物語を綴る。

 現代パートのヒロインである弁護士・ソレーヌは失恋と仕事の挫折に苦しみ、精神科医から勧められて代書人のボランティア公募に応じる。一方、百年前のヒロイン・ブランシュは若くして社会奉仕の道を選び、救世軍に入る。十九世紀末当時、女性が外で働けば眉を顰められる時代だった。

 物語の舞台は女性会館。ここで暮らすのは元ホームレス、DV被害者など居場所を失った女性たち。この施設を創設するのに尽力したのがブランシュだった。

 恵まれない環境で生を享け、思いがけない不幸に見舞われた女性たちを救うことでソレーヌ、ブランシュは自らの居場所、アイデンティティを見出していく。ラストで物語のある仕掛けに気付いた。テーマも構成も素晴らしい。

 村井理子『兄の終(しま)い』。疎遠だった兄の訃報を受け、彼の元妻の協力を得て、兄を弔う五日間の実話。

 兄に苦しめられた数々のエピソードだけで、厄介さに胸が詰まった。そんな彼が亡くなったことで長年避けてきた兄と対峙することになる著者。もういないはずの兄の気配が漂う部屋を猛烈な勢いで片付け、遺品を整理し、車を廃車にして、この世から痕跡を消し去っていく。それは著者にとって兄への思いを整理することでもあった。死んだからといって憎しみが消えるわけじゃない。そこには一冊の本が書けるほど入り組んだ「情」がある。

 篠田節子『恋愛未満』は「恋愛」に陥らない関係性の妙を描いた五つの短編集。

「アリス」「説教師」はある町の市民バンド内の人間模様。津田という五十代、長身でトランペットがうまいが浮いた話がない独身の男が登場する。良い感じの津田の印象がひっくり返るエピソードが各話に出てくるが考えてみれば、彼は純粋無垢なのかもしれない。

 五話目の「夜の森の騎士」はいわゆる毒母と娘の物語。認知症になった母の介護に苦しむ娘の前に、ある「騎士」があらわれる……。苦しい時、新たな空気をもたらした他者を「騎士」に見立てる。その想像力が自らを救うのだろう。

 窪美澄『すみなれたからだで』に収められた「父を山に棄てに行く」を雑誌初掲載の際に読んで衝撃を受けた。ノンフィクションとも思える生々しさとそれを書く覚悟を感じたからだ。

 収録された短編小説の半分は「性」をテーマにしている。更年期以降の性を描いた表題作にはエロティシズムと深い幸福を感じた。

 岡田尊司『ADHDの正体 その診断は正しいのか』。大人のADHD(注意欠如・多動症)と診断される人が増えているが「生きづらさ」が誤診されるケースもある。最先端の実情から対策と予防まで丹念に解説している。ADHDに覚えがなくても興味深い。

新潮社 週刊新潮
2020年8月13・20日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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