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大森望「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
日本のタイムトラベルSFの中でオールタイムベスト5に入れてもいいんじゃないかとひそかに思っているのが、上田誠が脚本を書いた劇団・ヨーロッパ企画の舞台「サマータイムマシン・ブルース」。2005年には本広克行監督で映画化もされているので、そちらでご存じの方も多いかもしれない。SF研究会に所属するボンクラ大学生たちが本物のタイムマシンを手に入れ、恐ろしくくだらない目的(リモコンが壊れてクーラーが使えないので、昨日に戻って、壊れる前のリモコンをとってくる)のために使用する……というドタバタSFコメディだが、なんとびっくり、この物語が森見登美彦『四畳半神話大系』の続編(?)として甦った。その名も、『四畳半タイムマシンブルース』。
つまりこれ、おなじみの“四畳半”キャスト、おなじみの森見文体で「サマータイムマシン・ブルース」の物語を再演するという趣向。他人の原案とは思えないほどすばらしいハマりっぷりで、まさに理想的な小説化(ノベライズ)。感服しました。
中国SFの短編にも、時間ものの秀作が少なくない。6月に出た立原透耶編『時のきざはし 現代中華SF傑作選』の表題作は、タイトル通り、降りるにつれて時代を遡る階段(タイムトンネルならぬタイムステアウェイ)という無茶な設定をみごとに書き切った快作。著者の滕野(トン・イエ)は’94 年生まれで、この一編からも、中華SFのフレッシュな活力が窺える。他にも、日本在住の陸(ルー・)秋槎(チウチャー)が書き下ろした偽文学史SF「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」、清朝末期に起きた爆発事故に関する資料を調べるうち、ある振翼飛行機(オーニソプター)研究者が浮上してくる梁清散(リアン・チンサン)「済南(チーナン)の大凧」など、歴史と時間を題材にした作品に秀作が目立つ。
一方、著者のSF短編すべてを4冊で網羅する《フレドリック・ブラウンSF短編全集》の第3巻『最後の火星人』は、アメリカSFを代表するタイムトラベル短編のひとつ「未来世界から来た男」を収める。BLM運動が高まるいま読むと、改めて感慨深い。なお、この巻には、本邦初訳作が5編(分量では全体の4割弱)入っているので、往年のファンはお見逃しなく。
三度目の正直でめでたく芥川賞を射止めた高山羽根子『首里の馬』は、沖縄が舞台。主人公の未名子は、私設の郷土資料館で資料整理を手伝う一方、どこか遠い場所にいる顧客に古ぼけたパソコン経由でクイズを出題する謎の仕事をしている。そんな未名子が住む家の庭に、台風一過のある朝、一頭の宮古馬が現れる……。
資料館、クイズ、宮古馬と、まるで三題噺のようだが、このばらばらのお題がやがてひとつになり、最後に(それこそ劉慈欣(リウ・ツーシン)《三体》三部作にも通じる)大きなテーマが立ち現れる。
最後の一冊は、ミステリ評論界きっての名文家・新保博久の30年分の仕事から著者みずから厳選した文庫オリジナルのエッセイ集『シンポ教授の生活とミステリー』。博覧強記にして軽妙洒脱、大量の蘊蓄を投入しつつさらりと読ませる匠の技が冴え渡る。山中峯太郎訳のポプラ社版ホームズ全集では何故か名探偵が大食いに脚色され、原作ではコーヒーしか飲んでない料理店で(勝手につけ加えた)名物のマカロニグラタンを平らげる――とか、抱腹絶倒の豆知識も楽しい。