縄田一男「私が選んだベスト5」 夏休みお薦めブックガイド

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縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『アウターライズ』は、東日本大震災に匹敵する災禍が東北を襲い、宮城県河北市役所の防災企画室が自衛隊の統制下に置かれるというショッキングな設定ではじまる。だが、大地震の犠牲者はわずか六人。そして、「東北独立」という高らかな宣言が行われる。この展開に、復興バブルを目当てに東北にやって来た土木作業員たちの生態をリアルに描く筆致は、いささか奇矯に見えるかもしれない。が、物語は常に中央に貪られ続けた東北の怒りを静かに活写。そして一転、涙をこらえ切れない巻末の二頁の素晴らしさはどうだ。傑作。

 いまコロナ禍の中で読むべき本を一冊選べ、といわれたら私は『漣のゆくえ』を選ぶ。本書は、葬儀の段取りを生業とする颯太とその仲間たちを描く〈とむらい屋颯太〉の第二弾。死は死者にとっても生者にとってもおよそ納得のいかないかたちで訪れるが、今年のコロナ禍の中では、死ときちんと向き合う時間すら作り得ない。不条理な死、突然舞い込んだ死、割り切れない死等々―。「生きていてほしかった」という残された人々の思いを少しでも汲み取るのが“とむらい屋”の役目。こちらも、手巾(ハンカチ)を用意してお読みあれ。

『商う狼』は、口さがない輩からある妖怪にたとえられて「毛充狼(もうじゅうろう)」と呼ばれた江戸商人杉本茂十郎(もじゅうろう)のことを唯一の盟友堤弥三郎(つつみやさぶろう)が老中水野忠邦の命で語りはじめることで幕があく。山深い甲斐から江戸へ出て来て、飛脚問屋の奉公人から町年寄次席にまで成り上がる。大した出世ではないか。が、それは違う。茂十郎が出世の階段を登るたびに流す血の涙の数々。作者は、これまで誰も書かなかったこの実在の商人の誰知らぬ心の内を見事なまでに活写している。作者にとっても時代小説の歴史にとっても記念碑的な作品。

『Cocoon』は、全五巻構成で、現在、第四巻まで刊行されている大作。一見、ライトノベル風の売り方をしているが、実は本格的な伝奇小説。主人公の花魁瑠璃は、権三、錠吉らとともに、鬼退治の秘密組織“黒雲”に属し、ひとたび命が下るや、妖刀飛雷を引っさげて、江戸の闇を走る。このシリーズ、巻を追うごとにスケールが大きく、物語も面白くなり、ヒロインを吉原に売った人物の驚きの正体、「黒雲」と敵対する組織との歴史、さらに公儀と朝廷がこのストーリーにどう絡んでくるのか等々、目が離せない。

 この頃時間があると(ないのですが)翻訳ものの女性ミステリ作家の旧作を読んでいる。『見知らぬ者の墓』は創元推理文庫の復刊フェアで刊行されたものだが、M・ミラー作品の中でも一、二を争う面白さ。家のどこかにあるはずなのだが、買う方がはやいので二冊目を購入してしまった。

新潮社 週刊新潮
2020年8月13・20日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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