[本の森 ホラー・ミステリ]『オレだけが名探偵を知っている』林泰広/『パンダ探偵』鳥飼否宇

レビュー

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オレだけが名探偵を知っている

『オレだけが名探偵を知っている』

著者
林, 泰広, 1965-
出版社
光文社
ISBN
9784334913540
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

パンダ探偵

『パンダ探偵』

著者
鳥飼, 否宇, 1960-
出版社
講談社
ISBN
9784065197837
価格
759円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 ホラー・ミステリ]『オレだけが名探偵を知っている』林泰広/『パンダ探偵』鳥飼否宇

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 ミステリをロジカルに推理する文学だとするならば、林泰広の一八年ぶりの第二長篇『オレだけが名探偵を知っている』(光文社)は、その極北である。なにしろ登場人物たちは、最初から最後まで頭脳をフル回転させ続けているのだ。

 秋山の義理の姉が事故で入院した。義姉の夫である新川昭男は、出張中とのことで連絡がつかない。出張先を知ろうと秋山は新川の勤務先を訪問するが、一切の情報提供は拒否された。なぜそこまで頑ななのか。その日はたまたま非番だったが、警視庁捜査一課の刑事である秋山は、新川の勤務先について調べ始めた。すると会社の創設者がかつて山賊であったことなど、怪しい情報がいくつも出てきた……。

 という具合に、秋山が新川の行方についてあれこれ推理するのだが、それは本書で繰り広げられる推理のほんの一部に過ぎない。例えば、“名探偵っていったい何なんだ?”という思考もあれば、地下の巨大密閉空間の有無や、そこを訪れたとする胡散臭い手記の真贋も推理される。五人の社長候補と一人の名探偵による心理戦(麻雀と殺し合い)が火花を散らしたりもする。そのすべての局面において、登場人物たちは知恵を絞り続けるのである。目的を達成するために、生き延びるために、殺すために。とにかく全篇が論理論理論理で推理推理推理なのだ。読者はそれによって日本のオフィスから地下迷宮、さらにアフリカあるいはカナダ、そして“政情不安な南の国”へと、引きずり回される。読書中は着地点が全く見えないのだが、いやはや、著者は鮮やかに着地させた。お見事。脳が痺れるほどの濃密な刺激を満喫出来る。

 昆虫や鳥などの自然に題材を求めつつ、常識を逸脱することを全く躊躇(ためら)わないミステリを数多く描いてきた鳥飼否宇。そんな彼の新作『パンダ探偵』(講談社)は、人類滅亡から二〇〇年後、動物たちが言葉を話し社会活動を営むようになった世界のミステリだ。地理的には、インドのハイデラバードあたりを舞台としている。本書収録の三篇では、連続誘拐、大量干草消失、要人密室殺人の謎が描かれる(人という文字を使ったが、実際にはみな動物だ)。三篇とも、獣の特性を活かした意外な動機や仕掛けが愉しめると同時に、パンダパンダした愛らしさでも歓待してくれる。そこに、獣の言動を通じて人間の愚かさが見えるというピリ辛も加わっているから堪らない。酒の進む一冊なのである。ちなみにメインの探偵役は、ライオンとトラを両親に持つライガーのタイゴ。第一話で被害者の一人であったパンダのナンナンは、第二話では新米探偵としてタイゴの相棒となり、第三話では独り立ちの兆しもみせる。まだ続きがありそうだし、如何様にでも発展させられそうな作品集で、今後にも期待大だ。

新潮社 小説新潮
2020年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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