肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行 平松洋子著

レビュー

5
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肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行

『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』

著者
平松 洋子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163912233
発売日
2020/07/16
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行 平松洋子著

[レビュアー] 太田和彦

◆肉食の現場克明に追う

 羊、猪(いのしし)、鹿、鳩(はと)、鴨(かも)、牛、内臓、馬、すっぽん、鯨。その生体収穫から食までを克明に追ったルポ。

 奥秩父早朝の冬山。身一つで入山、食料自力調達のサバイバル登山家の後についた著者は、絶対に猟銃の前を歩かない、会話は基本的にアイコンタクトの注意を受ける。

 獣の気配を感じながらも出合えぬ七時間が過ぎた最後に一頭の鹿を撃つやいなや、ナイフで頸(けい)動脈を止(とど)め刺し、瞬時を争って開腹処理。かついで持ち帰った仮小屋で新鮮な肉、内臓の鍋を我を忘れて食べ尽くす。長時間山行に疲れ満腹で寝袋に入った著者は、すぐ眠れると思ったが、強烈な体験に、夜明け近くまで目が冴(さ)える。

 石川県加賀に少数が伝える伝統の「坂網猟」は、鴨の群れのいそうな夕暮れの森に息を殺して潜み、飛び立つ瞬間に三角の網を投げて捕らえる、居合抜きのような秘術だ。

 狩猟だけではない。島根・美郷町の猪は、過疎化の地に郷土の肉として、生産者組合、役場産業振興課や処理加工場、製品販売など粘り強い事業化をすすめ、町の誇る地域ブランドとして、婦人もふくめ地域を活性化させた。

 襟裳岬の荒れ地を牧草に変え、愛情をこめて育てている短角牛がこちらに寄ってくる顔に人なつこさを見る。千葉・和田浦の漁協に、鯨が揚がったらすぐ連絡をと何日も待機し、十メートル余の解体一部始終を注視する。品川の食肉市場内での内臓処理の精密な完璧さ、それによる味へのこだわりは、もはや創造だ。

 肉食の現場を知ろうという使命感のもと、数年越しに何度も現地へ通った臨場感が綿密に書かれる。そうして最後にそれを口にする味の描写は、これまでの過程の重みをここで書き表さなければという、選び抜いた表現の推敲(すいこう)がみられる。

 収穫、飼育、解体、食品化、皿の料理まですべてに立ち会い、それぞれ仕事に打ち込むプロの言葉を伝える。共通するのは、食べることは命をいただくこと、それは命ある相手を思って尽くす報恩の念だ。最も適切な著者の渾身(こんしん)の作。

(文芸春秋・1650円)

1958年生まれ。エッセイスト。著書『買えない味』『野蛮な読書』など。

◆もう1冊 

田中康弘著『ニッポンの肉食−マタギから食肉処理施設まで』(ちくまプリマー新書)

中日新聞 東京新聞
2020年8月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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