映画『ボーン・アイデンティティー』の流れを汲む、世界レベルのアクション・ハードボイルド!『アンダードッグス』

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アンダードッグス

『アンダードッグス』

著者
長浦 京 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041091395
発売日
2020/08/19
価格
2,035円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

映画『ボーン・アイデンティティー』の流れを汲む、世界レベルのアクション・ハードボイルド!『アンダードッグス』

[レビュアー] 池上冬樹(文芸評論家)

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(評者:池上 冬樹 / 書評家)

 長浦京の待望の四作目である。

 長浦京は二〇一一年、剣戟を追求した時代小説『赤刃』で第六回小説現代長編新人賞を受賞しデビューしたものの、第二作がなかなか出なかった。ようやく一六年、関東大震災後の東京を舞台にして女スパイと少年の逃避行をダイナミックに描いた『リボルバー・リリー』を上梓し、二作目にもかかわらず、第十九回大藪春彦賞を受賞する。そのあとに一九年に、複数の殺人者をめぐる犯罪小説『マーダーズ』を発表したが、これまた力作で後半はアクションが支配的になる。

 本書『アンダードッグス』は四作目となる。寡作の作者にしては珍しく、『マーダーズ』から一年半ぶりの新作となるが、これがなかなかいい。『リボルバー・リリー』も『マーダーズ』もどちらかというと海外ミステリ的ではあったが、今回はいちだんとその印象が強い。物語の舞台は香港。香港返還のおよそ半年前から物語はスタートする。

 一九九六年十二月末、元官僚の証券マン・古葉慶太は、顧客の大富豪・マッシモから呼び出され、ある計画を託される。翌年七月の香港返還を前に、香港の銀行から大量のフロッピーディスクと書類が運び出されるという。世界の主要十数カ国の要人たちの投資記録、それも大半は不正かつ違法なものだった。マッシモは、それを強奪せよというものだった。マッシモの息子の会社はアメリカと同盟国の保険会社に意図的に経営破綻に追い込まれ、息子は自殺をとげた。その復讐でもあった。

 古葉には選択肢はなかった。ある事件で濡れ衣をきせられ、香港へと逃げざるを得なくなり、そこでマッシモが手配した仲間たちと合流する。国籍も仕事もバラバラな負け犬たちだった。そんな負け犬たちを米英露の諜報機関が追跡し、計画そのものを狙いだす。

 それから二十二年後の二〇一八年五月、古葉瑛美はバイト先で、突然逮捕される。不正アクセス禁止法違反および電子計算機損壊等業務妨害罪だった。だが、亡くなった義父の教え通りに指定された弁護士に連絡をとると保釈される。中華人民共和国大使館に二年前から勤務中の日本人職員となったのだ。わけがわからなかった。とにかく香港にいかざるをえなかった。自分の与り知らないところで何かが大きく動いていた。

 こうして父と娘の物語が並行していく。父が行う強奪計画はどのような経過をたどり、どのような結末を迎えたのか、娘はいったい何のために香港によばれ、何を行うのかが少しずつ明らかになっていき、物語は徐々に温度があがり、沸点へと向かっていく。

 なかでも目をひくのは、やはり過去の父親の章だろう。香港が舞台なので、日本人、中国人のみならずロシア人、アメリカ人、英国人など多くの人物が出てきて、また各国の思惑もいりみだれて、めまぐるしく敵と味方がいれかわり、陰謀が底無しに見えてくる。まるで海外ミステリを読んでいるような広がりと深さをもつ。

 注目すべきは、活劇としてのアクション・ハードボイルドの魅力をもっていることだろう。映画『ボーン・アイデンティティー』シリーズの大ヒット、小説ではマーク・グリーニーの暗殺者グレイマン・シリーズ(『暗殺者グレイマン』『暗殺者の正義』など)に代表される生々しい肉体同士のぶつかり合いを徹底的に描くアクションものが人気を博しているけれど、本書にも(いや『リボルバー・リリー』にも、とりわけ『マーダーズ』にも)、その底流が感じられる。二〇〇〇年代以降の世界的なエンターテインメントの潮流をしかと視野にいれて物語を作っているのが頼もしい。

 もうひとつは、各国の諜報機関がしのぎをけずるスパイ・スリラーとしての魅力もかねそなえているのもいい。事件の背景にある各国の機関の思惑と、それに翻弄されてしまう人物たちの葛藤がしかと書き込まれていて面白い。

 さらに小説を生き生きとしたものにしているのは、やはり二つの視点だろう。一九九七年と二〇一八年の二つの時間軸をもち、いったい父に何が起きて、なにゆえ娘が事件へと巻き込まれたのかが探られていくことになる。父の事件を追いかけると同時に、娘にも二十年前の事件関係者たちが忍び寄り、秘められた謎が読者の前に次第にあきらかになる。しかも激しいアクションと驚きの真相とともに。

 不満があるとしたら短いことだろうか。およそ四百頁だが、あと百頁あってもいい。父と娘の情愛を示す挿話をもっと盛り込んでほしかったし、父親世代と子供たちの交流に厚みをもたせてくれたらという思いもある。そのほうが詳しくはいえないが、終盤と幕切れが効果的だったのではないか。

 そういう思いはあるけれど、もちろんいまのままでも充分である。展開はスピーディーで、ストーリーテリングは実になめらか、劇的な展開をたどり、大きなスケールの物語は、父と娘のエモーショナルな絆へと焦点をあわせて、感動的なラストへと疾走していく。海外ミステリに匹敵する秀作といっていいだろう。

映画『ボーン・アイデンティティー』の流れを汲む、世界レベルのアクション・ハ...
映画『ボーン・アイデンティティー』の流れを汲む、世界レベルのアクション・ハ…

▼長浦京『アンダードッグス』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000695/

KADOKAWA カドブン
2020年8月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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