豪華絢爛、過酷な世界観 中華ファンタジー『九天に鹿を殺す』 著者:はるおかりのインタビュー

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九天に鹿を殺す 煋王朝八皇子奇計

『九天に鹿を殺す 煋王朝八皇子奇計』

著者
はるおか りの [著]/アオジ マイコ [イラスト]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784086803397
発売日
2020/08/20
価格
682円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

豪華絢爛、過酷な世界観 中華ファンタジー『九天に鹿を殺す』 著者:はるおかりのインタビュー

[文] 砂田明子(編集者・ライター)

過酷な世界だからこそ輝く皇子たちの執念、絢爛たる文化――

中原の覇者・セイ(※)王朝では、皇帝の崩御とともに、次代の玉座をめぐって「龍生八子(りゆうせいはつし)」と呼ばれる八人の皇子が戦う皇位継承制度「九天逐鹿(きゆうてんちくろく)」が幕を開ける。敗者には死を、勝者には玉座を。それが九天逐鹿の理(ことわり)。騙し騙され、知略の限りを尽くし、皇子たちはどのように九天逐鹿を戦うのか。皇帝の座を手に入れるのはだれなのか。本誌連載中から話題を呼んだ華麗なる中華謀略劇『九天に鹿を殺す セイ王朝八皇子奇計』が集英社オレンジ文庫より刊行されたのを機に、著者のはるおかりのさんにお話を伺いました。

◆◆◆ 勝者の条件とは? 

─ セイ王朝独自の皇位継承制度「九天逐鹿」は、参加する皇子たちにとっては極めて非情な制度である一方で、国全体から見ると、最も知略に富んだ人物が皇帝になるという、理に適った制度でもあります。複雑な構想やプロットをどのように考えられていったのでしょうか。

 きっかけは晋王朝(西晋)の内乱、八王の乱です。有力な八人の王が玉座をめぐって骨肉の争いをくりひろげ、その結果、晋王朝が滅んでしまったという歴史的事件に着想を得ました。どうせ皇位争いをするなら庶民の生活を脅かさないかたちでやってほしいものだなと思い、考え出したのが軍兵を使わずに宮廷内だけで完結し、犠牲を最小限にとどめる玉座争奪戦「九天逐鹿」です。龍生八子とその親族だけでなく、つなぎの天子として使われ、殺される女帝一族にとっても非情な制度ですが、庶民には恩恵のほうが多いです。ただ、九天逐鹿を勝ち抜いた皇帝がみんな名君になるかというとそういうわけではなく、なかには九天逐鹿を勝ち抜くことが最終目標になってしまい、即位後に燃え尽きてしまう皇帝もいます。ほかにもさまざまな問題を内包しているので、作中で(八皇子の一人である) 威昌(いしよう)が語っているように、「制度としては欠陥品」だと言えるかもしれません。

─ 「九天逐鹿」は裏切り、買収、替え玉……と、何でもありで、だれが勝つのか、最後まで予想がつきません。

 私の場合、どの作品でもプロットづくりは担当さんとの共同作業です。だれをどこでどのように失点させるか、落伍させるか、お互いに意見を出し合いながら、かなり細かいところまで突き詰めていきました。ふだんから担当さんのアイデアに刺激を受けることが多いのですが、特に相談してよかったなと思っているのが序幕の部分です。私はまったく別のシーンを推していたのですが、担当さんは九天逐鹿終了直前のシーンを推していらっしゃったため、若干不満に思いつつも(笑)そのとおりにしました。結果は大正解で、いまではお気に入りのシーンのひとつです。苦労したのは九天逐鹿にかかわるアイテムの名前決めですね。人物名もそうですが、ひとつひとつ意味を持たせなければならないので難渋しました。とりわけ九鼎(きゆうてい)(皇帝の礼器)すべてに名前をつけるのは大変でした。

─ 八人の皇子はそれぞれ個性的です。印象に残るキャラクターやエピソードがあれば教えてください。

 八人の皇子は、まず最後まで勝ち残る人を決め、あとの七人にはそれぞれ落伍する理由を持たせてキャラづくりをしました。八人の中では令哲(れいてつ)がいちばん書きやすかったです。親孝行で真面目な少年がどんどん黒くなっていくのにわくわくしました。恭明(きようめい)と威昌も気に入っています。ふたりとも外道(げどう)ですが、根底にある動機は案外純粋なものだったと思います。好きなエピソードは威昌が水娥(すいが)(女帝)を詰問するところと、狗(こう)が兄弟たちの蠱鬼(こき)(妖物)を斬っていくところ、そして序幕の続きの場面です。どれもプロットの段階から楽しみにしていたシーンでした。

─ わが子や母、妻など、愛する者の存在は、皇子たちの戦うモチベーションになると同時に、ウイークポイントにもなる……。ある種の勝負事に通ずるひとつの真理のようにも感じます。「勝者」に必要な要素や条件は何だと思われますか。

『老子』に「人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し」という言葉がありますが、恐怖や不安、油断、慢心など、自分の中から生じたものに打ち勝つことができる人こそ、本物の勝者なのだろうと思います。なので、大切なのはモチベーションより、つねに冷徹さを忘れないことでしょうか。なかなか自分が実践するのは難しいですが……。モチベーションは不安定なものなので、ふりまわされて疲弊したり、それにこだわりすぎて視野が狭くなったりする恐れがありますし、ある意味では危険な存在かもしれません。

◆◆◆ 悪逆無道の限りを尽くした宦官が好き

─ 「あとがき」に、宦官(かんがん)・蚤ガイ(そうがい)のモデルは「司馬遷(しばせん)」だと書かれています。ほかに、参考にされた人物、また、資料や歴史書などがあれば、教えてください。

 司馬遷は宦官になってまでも生きのび、『史記』を書きあげた大人物ですので尊敬しています。あと、私は宦官が好きなので、宦官というだけで好感度があがります。ちなみにいちばん好きな宦官は明代末に悪逆無道の限りを尽くした魏忠賢(ぎちゆうけん)です。 作中の『セイ書』の書き方は『漢書(かんじよ)』を参考にしています。騙し騙されのストーリーには『韓非子(かんぴし)』や『戦国策』を参考にしました。セイの守護神・燭龍(しよくりゆう)は『山海経(せんがいきよう)』から、中華的な単語や言い回しは諸子百家や四書五経、『文選(もんぜん)』などからとっています。

─ 「後宮」シリーズも書かれているはるおかさんにとって、中華を舞台にした物語の魅力を教えてください。

 中華の魅力はやはり苛酷な世界観ですね。罪の重さによっては本人だけでなく一族郎党も処刑されますし、たとえ高官でもひとたび転落すれば末路は悲惨です。宦官は心身を傷つけられたうえで使役され、奴婢(ぬひ)は物として消費され、女性たちは人間性よりも産む性としての役割を求められます。皇帝は権力の頂点に在るがゆえに孤独で、皇族たちはいつも玉座をめぐって争い、どれほど繁栄した王朝もかならず滅亡の道をたどる―― だれに対してもきびしい世界だからこそ、そこで生きる人たちの信念や葛藤、人の世の儚(はかな)さがあざやかに浮かびあがり、それに伴って絢爛(けんらん)な宮廷や華やかな文化がより輝いて見えるのだと思います。

※「セイ」の漢字は「火へんに星」

はるおかりの
はるおか・りの
熊本県出身。「三千寵愛在一身」で2010年度ロマン大賞を受賞し、同作でデビュー。「後宮」シリーズ、「A collection of love stories」シリーズ(コバルト文庫)、『ユーレイギフト』(オレンジ文庫・陽丘莉乃名義)他、著書多数。

聞き手・構成=砂田明子

青春と読書
2020年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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