SFコメディの物語を原案に得て生まれた森見印の「中動態」ラブストーリー『四畳半タイムマシンブルース』

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四畳半タイムマシンブルース

『四畳半タイムマシンブルース』

著者
森見 登美彦 [著]/上田 誠 [企画・原案]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041095638
発売日
2020/07/29
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

SFコメディの物語を原案に得て生まれた森見印の「中動態」ラブストーリー『四畳半タイムマシンブルース』

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

■物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

■森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』(KADOKAWA)

森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』(KADOKAWA)
森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』(KADOKAWA)

 この発想は、天才の所業、と言うほかにない。

 森見登美彦の『四畳半タイムマシンブルース』は、腐れ大学生モノで知られる第二作『四畳半神話大系』の世界観&登場人物はそのままに、物語のフレームを、京都の劇団・ヨーロッパ企画を主宰する上田誠の初期傑作戯曲『サマータイムマシン・ブルース』に総取っ替えした小説だ。上田は『四畳半神話大系』を始め、森見作品のアニメ化の脚本を数多く手掛けている。二人の新たなるタッグに期待していたが……まさか小説サイドから演劇にアプローチする、こんなコラボの形があったなんて!

 京都の夏、大学三年生の「私」は下鴨幽水荘の自室209号室の四畳半で、地獄のような暑さにやられていた。本来この部屋にはクーラーが付いているのに、同学年の小津が昨日リモコンにコーラをこぼしてしまい、クーラーの操作ができなくなってしまったのだ。室内での「私」と小津のどこか噛み合わない会話は、一年後輩で映画サークル「みそぎ」に所属する明石さんや、210号室に暮らす万年学生の樋口さん、スカした先輩の城ヶ崎氏と謎の美女社会人・羽貫さんが加わることで、更なる混沌を増す。この下宿で自主映画を撮影した昨日の思い出話に、「私」にとって身に覚えのないものが混じっていたのだ。そんなおり、一同は廊下の片隅に、「某国民的名作マンガ」に出てきそうなタイムマシンを発見。試運転と議論の末、「私」は昨日へ飛んで、壊れる前のクーラーのリモコンを取ってこよう、と提案する。〈問題は誰が行くかということであった〉。その不吉な一文は、のちの大波乱を予告していた――。

 昨日が変われば、今日も変わる。その結果、今日に生きる私たちは存在しなくなり、全宇宙もまた消滅の危機にさらされる。タイムパラドックスの恐怖に気付いた「私」は、今日と昨日を行ったり来たりして、変わらない日常を手に入れるために奔走する。その様子は、本人的には必死だけれど、外から見ると極めて滑稽。タイムトラベル・チームの人数が増減するたびに、全く異なる局面が現れて、そのメンツならではの会話劇が始まるのも面白い。舞台版から引き継いだ「群像コメディ」が、森見作品のキャラクター性と合わさり、化学反応を起こしている。

 元の小説とも舞台とも異なる、しかし両者を合体させたからこそ現れることとなった最大の変容点は、「私」と明石さんの赤い糸にまつわるエピソードだ。そもそも恋愛とは、能動的な行為なのか、受動的な行為か。哲学者の國分功一郎は、能動態でありつつ受動態である、そんな状態を古代の人々は「中動態」と呼んでいたと指摘し、著書でその意義を掘り下げた(『中動態の世界 意志と責任の考古学』)。恋愛も、そうではないのか。「恋をする」でも「恋に落ちる」でもない、その間の領域にある心の動きによって、人は誰かに惚れるのではないか?

 本作は、森見登美彦がデビュー以来書き継いできた赤い糸の物語は、「中動態」のラブストーリーであったこと――すべての恋愛は「中動態」であること――を、タイムパラドックスが惹起する自由意志の問題と絡め、見事に指し示している。

 天才の所業、です。

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https://www.kadokawa.co.jp/product/321806000287/

KADOKAWA カドブン
2020年8月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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