これがコロナ前に書かれた小説だとは! おそるべきリアリティと大興奮の謀略サスペンスに震えて眠れ

レビュー

5
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感染シンドローム

『感染シンドローム』

著者
初瀬 礼 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575523843
発売日
2020/08/07
価格
847円(税込)

書籍情報:openBD

これがコロナ前に書かれた小説だとは! おそるべきリアリティと大興奮の謀略サスペンスに震えて眠れ

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

新型ウイルスが日本上陸! 圧倒的なリアリティで描く社会派サスペンス『感染シンドローム』が刊行。本作について書評家の大矢博子さんが読みどろこを解説する。

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 今、感染症をテーマにした小説が既刊・新刊ともに注目されている。新刊だけでなく過去の作品も多く読まれているのは、かつて読んだときと現実を経験した今とでは受ける印象が異なるからだろう。以前はエンタメとして楽しんだものが、リアリティという別の顔を持って迫ってくるのだから。

 初瀬礼『感染シンドローム』は、二〇一六年に刊行された著者のデビュー単行本『シスト』(新潮社)を改題・加筆修正の上、文庫化したものである。

 主人公は日本人を母に、ロシア人を父に持つジャーナリストの御堂万里菜。彼女は第三次チェチェン紛争の取材で現地入りしたが、そこで銃撃戦に巻き込まれる。帰国後は国内で別の取材に携わっていたが、その時、不意に直近の記憶を一時的に失うという経験をした。病院で検査したところ、まだ三十代であるにもかかわらず、アルツハイマー型の若年性認知症と診断されてしまう。

 ちょうどその頃、タジキスタンで謎の感染症により集団で死者が出たと報道された。発生源の地名をとってドゥシャンベ・ウィルスと名付けられたこの病原菌は、潜伏期間一ヶ月、発症後はすぐに重症化して死に至るものだという。記憶が確かなうちに海外での仕事をしたいと考えていた御堂は最前線での取材依頼を受け、後輩ディレクターとともにモスクワ経由でタジキスタンへ向かった。

 ところがその途中で思わぬ出来事が発生。その後、日本でも感染者が出て、次々死亡するという事態になった。対岸の火事のはずだったウィルスがなぜ日本で広まったのか。御堂が調査を進めるうち、その背後に大国の存在が浮かび上がる。そして自分も無関係ではなかったことがわかり──。

 時限爆弾のようなウィルスという恐ろしさもさることながら、今これを読むと「濃厚接触者」「夜間外出自粛」「クラスター」「新型インフルエンザ等対策特別措置法」などなど、まるで今書かれたかのような単語の頻出に驚く。文庫化にあたり修正されたのかと単行本を確認したが、「クラスター」以外は単行本のままだとわかり、二度驚いた。政府の会見や人の消えた町の様子など(加筆された部分はあるにせよ)、コロナ禍後に書かれたと言われても信じてしまうほどだ。

 ただ本書はパンデミックそのものがテーマではない。パンデミックをモチーフにした国際謀略サスペンスであり、それに御堂という一介のジャーナリストが巻き込まれていく様子がいちばんの読みどころ。アクションあり陰謀ありでエキサイティングこの上ない。しかも感染源に近い場所にいたにもかかわらず、なぜ彼女は感染・発症していないのかというくだりは上質なミステリの謎解きを読んでいるかのようで大興奮した。なるほど、それが鍵か!

 パンデミックの描写はなるほど確かにリアルだ。だが本書のキモは、それを利用したり抵抗したりという人の(あるいは国の)営みの方にある。精神的な余命宣告を受けたに等しいヒロインの闘いもしかり。

 何より本書でいちばん印象的だったのは、国、省庁、そしてメディアのいずれもが「為すべき役割」より「責任を負わずにすむ方法・非難されないやり方」を優先させる姿だ。そんな描写がそこかしこに登場する。パンデミックによるパニックはもちろんだが、責任ある場所にいる者が保身に汲々とする様子にリアリティを感じてしまうことの方が、もしかしたら本書の最も恐ろしい部分なのかもしれない。

双葉社
2020年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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