スターリン時代の記憶 立石洋子著

レビュー

7
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スターリン時代の記憶

『スターリン時代の記憶』

著者
立石 洋子 [著]
出版社
慶應義塾大学出版会
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784766426816
発売日
2020/06/17
価格
4,950円(税込)

書籍情報:openBD

スターリン時代の記憶 立石洋子著

[レビュアー] 加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)

 戦後75年の今年、ロシアのプーチン大統領は9月3日を第二次世界大戦(大祖国戦争)終結の日と決定した。これはソ連時代の対日戦勝記念日(日本が降伏文書に調印した日ではなく、スターリンが勝利を宣言した日)にあたるので、日本ではロシアがソ連時代のイデオロギーに縛られた自国中心の歴史観に逆戻りしたかのように受け止められた。

 近年のプーチンの強権支配や周辺諸国への介入を見れば、ソ連の復活と疑うのも無理はない。ただ、ロシアはソ連と違うことが国家のアイデンティティでもある。ソ連時代の遺産は引き継ぎたいものと引き継ぎたくないものがある。引き継ぎたい遺産は、戦勝国の栄光、その勝利によって獲得した大国の地位―領土、核兵器、国連安保理常任理事国など。

 しかし、都合良く遺産を取捨選択できるものではない。とくに大粛清をはじめスターリンの圧政は誰もが拒絶するが、大祖国戦争の指導者はスターリン。そして、現在の国内外の紛争の火種を蒔(ま)いたのもスターリン。このスターリンという存在が、ソ連末期から現在にいたるまで延々とロシアの軛(くびき)になっている。

 本書は、このスターリンをめぐって揺れるロシア人の歴史認識について、歴史教育での議論を交えながら丹念に解き明かす。

 意外にも、ロシアは政府主導の画一した愛国教育と思いきや、歴史教育は史料に基づいて実証的かつ論争重視、日本よりも実践的だ。

 揺らぎながらもどこか現実主義的、いつもヨーロッパを強く意識している反面、アジアにはどこまでも無関心なロシア人の多面的な歴史観を知ることは、ロシアとのあいだに領土問題を抱える私たちにとって必須であろう。

 近年のプーチン政権の歴史認識に対する評価はやや肯定的な感じもするが、本書はロシアとのあいだで避けて通れない歴史認識をめぐる問題を理解するための良質な手引書といえる。

◇たていし・ようこ=1980年、徳島県生まれ。成蹊大法学部助教。著書に『国民統合と歴史学』など。

読売新聞
2020年8月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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