牛疫 兵器化され、根絶されたウイルス アマンダ・ケイ・マクヴェティ著

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牛疫

『牛疫』

著者
アマンダ・ケイ・マクヴェティ [著]/山内一也 [訳]/城山英明 [著]
出版社
みすず書房
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784622088875
発売日
2020/05/20
価格
4,400円(税込)

書籍情報:openBD

牛疫 兵器化され、根絶されたウイルス アマンダ・ケイ・マクヴェティ著

[レビュアー] 仲野徹(生命科学者・大阪大教授)

 地球上から根絶された感染症は天然痘だけと思い込んでいた。確かに人間の感染症としては天然痘のみだが、もうひとつ牛の病気があった。それが牛疫、天然痘ワクチンの種である牛「痘」ではなくて牛「疫」だ。

 ごく最近、麻疹(はしか)のウイルスはわずか2500年前に牛疫ウイルスから分かれて人間に罹(かか)るようになったことが報告された。牛疫は麻疹のように伝染性が強く、致死率が90%にも至る恐るべき病気なのだ。19世紀末のアフリカでは、なんと牛の9割もがこの病気で死んだという。

 もちろん、その対策として最も重要なのはワクチンである。20世紀に入り世界中で研究が進められたが、日本人研究者が朝鮮半島において開発したものがとりわけ優れていた。

 しかし、そのワクチンは帝国陸軍により戦略物資として扱われるようになる。牛疫ウイルスを生物兵器として利用する目論見(もくろみ)からだ。

 敵国アメリカの牛を殲滅(せんめつ)させて食糧問題を引き起こすことができれば、戦況に影響を与えうるのではないか。生物兵器の使用は禁止されていたが、牛に対するものなら倫理的なハードルが低いという思惑もあったのだろう。実際には使われなかったが、風船爆弾のように米国本土へ送ることまで計画されていたという。

 第二次世界大戦後、そのような動きは180度転換された。今度は世界的な食糧安全保障の観点から、国連の専門機関FAO(食糧農業機関)が中心となって、新しく開発されたワクチンを用いた牛疫の絶滅計画が開始される。そして、2011年6月に晴れて撲滅が宣言された。

 天然痘の撲滅は、ジェンナーによる種痘の開発からWHO(世界保健機関)による根絶までほとんど一直線だった。それに対し、牛疫撲滅は山あり谷ありのダイナミックな面白さだ。さらには「すべての人の飢えと貧困からの解放」に向けた国際協力の良き成功モデルでもある。知られざる牛疫の物語から学ぶべきことは多い。山内一也訳、城山英明協力。

 ◇Amanda Kay McVety=アメリカの歴史学者。マイアミ大教授。専門は米外交政策と国際組織の歴史。

 ※原題は The Rinderpest Campaigns

読売新聞
2020年8月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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