『特捜部Q―アサドの祈り―』
- 著者
- ユッシ・エーズラ・オールスン [著]/吉田 奈保子 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784150019570
- 発売日
- 2020/07/07
- 価格
- 2,310円(税込)
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人気沸騰の警察小説 シリーズ8作目は欧州を駆け巡る
[レビュアー] 野地秩嘉(ノンフィクション作家)
『特捜部Q』に限らず、北欧ミステリーを読む時、私は地図帳を横に置いてページを開いておく。聞いたことのない地名が出てきたら、地図帳をチェックして、その町やルートを思い描く。
シリーズ8作目の本作は登場人物がヨーロッパ各国を縦横に駆け回る物語だ。捜査官と協力者は犯人を追って、本拠のデンマークだけでなく、スペイン、キプロス、ドイツと飛行機や車を駆使する。たとえばこんな記述がある。
「(デンマークの)レズビューからフェリーで海を渡ってプットガーデンに降りたあと、(略)フランクフルトの病院に着くまでおよそ七時間」
港町レズビューを探し、ドイツのフランクフルトまでのルートを確認すると、「なるほど、それくらいで行けるな」とわかる。
私はそういった細部がきちんと書いてあると大いに満足する。また、登場人物がビールを飲んだり、ソーセージを食べたりする描写があるとする。ついつい、デンマーク製のカールスバーグを買ってきて飲んでしまう。ソーセージを焼いたりもする。
地図を調べたり、ビールを飲んだりで、なかなか忙しいけれど、海外の小説はディテールがちゃんと翻訳されているかどうかで価値が変わってくる。その点、このシリーズは丁寧だ。
『特捜部Q』シリーズは世界40カ国以上で刊行され、累計で2400万部を突破している。未解決事件を追う特別捜査班を主人公にした警察小説である。
謎解き、ストーリーの展開、アクションシーンの描写、どれも作者の技術が光る。しかし、なんといっても登場人物の造形がいい。完全無欠でクールな警察官は出てこない。人間くさいというか、誰もが仕事よりも私生活に傾斜している。事件の被害者、犯罪者も背景、プロフィールがちゃんと書き込んである。
人物のなかでとりわけ魅力的なのは本作の主役、シリア出身の警察官助手、アサドだ。
キプロスの浜辺に難民とおぼしき老女の遺体が打ち上げられた。偶然その写真を見たアサドは慟哭する。失った家族とのつながりを持つ人物だったからだ。彼の壮絶な過去を知った特捜部Qは、アサドの宿敵を捕らえ、また恐るべきテロ計画を阻止するために動き出す……。
アサドには哀愁が漂う。かつて高倉健は、「志村(けん)の演技には哀愁がある」と評した。アサドは哀愁を帯びた姿で戦う。もし、翻案して日本でドラマにするとしたら、アサドは志村けんにやってもらいたかった。